◇
「気持ちいいなーこの季節、夏になる前」
「わたしはもっと暑い方が好きだけどー」
学校から自転車で約15分。わたしは大好きな街のアイスチェーンがいいと言ったのに、スミくんは海が見たいと言って反対方向にペダルを漕いだので渋々後ろを追いかけた。
あの後、スミくんがクラスメイトたちを帰して、完全にいなくなったことを確認してから下駄箱に顔を出した。スミくんは何食わぬ顔で遅い、と言う。私も何も聞いていない顔で、ゴメン、と呟いた。
本当はアイスなんて食べに行かなくても、あのままコッソリ帰ってもよかった。不本意だけど、サボった罪悪感があるから仕方なく、うん、仕方なく着いてきた。部活動が終わる時刻より少し早めに出たので帰宅ラッシュには被らなかったし。
海近くのコンビニでソーダ味のアイスを2つ買って私に手渡すと、堤防に自転車を止めて登る。
なんだか慣れた手つきだ。よく来るのかな。
スミくんは登った上から私に手を差し伸べて、当たり前のようにナツノもきたら? なんて言う。
「わたし、別に海とか好きじゃないー」
「まあいいじゃん、今日くらい、サボったんだし付き合ってくれても」
それを言われたら登るしかなくなってしまう。
スカートを気にしながらスミくんの横へ登った。同時に視線を上げると、視界全面に夕日の映るオレンジの海が広がっていた。
潮風が頬に当たる。街と反対にあるこちら側には中々来ることがないので、その光景に思わず息を呑んでしまった。
水平線に少し隠れる太陽が水面をオレンジに染めていて、光が反射したそれはきらきらと光って揺れている。波が押して返すのは、まるで私たちにこの煌めきを届けようとしているみたい。
波の音とひかりの温度が心地いい、それでいて、なんだかぐっとくる。なぜだろう。
「いいなこの時間、久しぶりに来たけど、やっぱ綺麗」
そう言ったスミくんがソーダアイスを齧ったシャリっと夏した後で我に帰る。夏に近づく音。ソーダも好きだけど、クリームソーダのが好きなのに。今日は仕方ないからソーダ味で手を打った。仕方ないから、ね。
「……よく来るの?」
「うーん、まあ、よくというか、何も考えたくないとか、逆に悩んでる時とかにふらっとひとりで」
「スミくんでもそんな時あるんだ」
「はは、あるよ、人間だし」
そんな風には見えないのに。
でも、そっか、誰でもあるんだ、悩むこと。
私もソーダアイスにかぶり付くと、少し溶けてしまったそれはしゃりっと音を立てる。今度はカタカナじゃなくてひらがなの音。美味しい、悔しいけど今日はミルクソーダよりソーダ味が合ってるかもしれない。
「何に悩むの? スミくんなんて、全部持ってるのに」
「なにそれ、全部持ってるってへんなの」
ケラケラ笑う。このひとはやっぱり優しい笑い方をする。
さっきの下駄箱でのことを思い出す。
スミくんを誘ったクラスメイトたち、本当に残念そうに帰っていった。スミくんが人に好かれていること、よくわかる。誰にでも優しくて分け隔てない。わたしへの興味がなんなのか、わからないけど。
今日だって別に、誘われたクラスメイトたちの方へ行ったってよかったのに。もしかしたらあの中に、本当にスミくんに恋をしている女の子だっているかもしれない。
「部活とか受験とか将来のこととか、考えるよ、人並みに」
「スミくんも人間なんだ」
「俺のことなんだと思ってんの」
「聖人君主」
「それは褒め言葉に受け取っとくけど」
褒め言葉だよ。べつに、スミくんのこと、悪い人だなんて思ってない。変わってるし、よくわからないとは思ってるけど。
「受験とか将来とかわかるけど、部活でも悩んだりするんだ」
「まあそりゃね、人並みには」
「でもサッカー部のエースなんでしょ」
「エースなんてもんじゃないよ、フツー」
「謙遜だ」
「ちがう、ほんとにフツーなんだって、みんなイメージで出来るって勘違いしてるだけ」
「そういうもんかな」
「そ、まあべつに、春の大会終わったら引退だしなんでもいいんだけど」
自称進学校のうちの高校は、そこまで部活動に力をいれていない。スミくんの回答もなんだかあっさりだ。せっかく3年間も続けてきたというのに、そんなものなんだろうか。
「勝ち進んだら、夏まであるんでしょ? 受験大変だね」
「勝ち進むことはないよ、みんなそこまで本気でやってない」
「そういうもの?」
「うん、そういうもの」
そういうものなのか。よくわからない。スミくんって意外に淡白なのかな。
私は去年まで水泳部に所属していたけど、大会というものには出たことがないし、優劣をつけるものでもないと思っていた。好きだから泳いでいる、それでよかった。
でも、普通は何か目標や夢があるものだと思っていた。わたしよりスミくんのほうが現実的だなんて、なんだか意外だ。
「ていうか、ナツノも受験のこと気にしたりするんだ、意外」
「意外とは心外な」
「なんとなく、今の成績でいけそうなところ受けるだけなのかなって思ってたから」
大学。進学。それが当たり前の校風。スミくんもそれを疑わない。わたしたちはもう、自分たちで未来の選択をしなくちゃいけない。だけど、選択する前に、大学に行くことはほとんど義務のようなもの。誰もがそれを疑わずに机に座っている。
「うん、まあ、そんなとこかな。スミくんは?」
「んー、まあ、県外も少しは視野にいれてるけど、まだ確実じゃないかな」
「え、そうなんだ」
「何? 寂しい?」
「そんなこと一言も言ってないでしょ!」
「はは、そう言うと思ったー」
県外、か。確かにそういう選択もある。それに、スミくんは頭がいい。具体的にどれくらいかはわからないけど、クラス順位はかなり上位だったはず。
あれ、そういえば、シュンはどうするのだろう。いつもシュンと一緒にいるのに、肝心なことをいつも聞けていない。この街を出ていくかもしれないなんて、考えたことがなかった。
シュンがいなくなる。そんなこと、想像すらできない。
「凄いな、でも、ちゃんと考えてるんだね、みんな」
「なにが?」
「将来のこと」
「別にしっかり考えてるわけじゃないけどなー。学びたいことも、夢も、しっかりあるタイプでもないし」
「ふうん、じゃあなんで大学にいくの?」
「幅を広げる為じゃない? 今後やりたいことができた時のために」
「私はやりたいことなんて、見つかる気がしないや」
「そう? でも、水泳は好きだったんじゃないの」
「うん、でも、もう飽きたよ」
わたしは、大人になりたくない。そんな子どもじみたことを、ずっと思っている。年齢だけ、歳を重ねていくけれど、私はずっとあの頃のまま、ここにいる。
やりたいことなんて今後、見つかるかな。仮に卒業して、シュンが遠くなって、ハルカの記憶が薄れて、そうしたら、私は一体何を軸に、今後生きていけばいいんだろう。
大好きだった水泳でさえ、やめてしまったというのに。
「別に無理しなくていいと思うけどね、やりたいことなんてある方が珍しいと思うよ」
「そうかな、」
「うん、だって、人生に理由っている?」
「壮大な話になってるよ」
「はは、確かに」
「わたしは理由なんてないけど、ある人だっているじゃん」
「それはそうだけど、じゃあ、やりたいこととか、夢とか、ないことが悪いことでもないんじゃない?」
あれ、そうかな。人生って、将来って、夢や目標や理由があるべきじゃないのかな。私を生かしてくれる指針みたいなもの、なんでもいい、小さなもの。
わたしはもしシュンがいなくなってしまったら、きっと指針がなくなってしまう。生きるための方位磁石のようなもの。
「じゃあさ、今度一緒に勉強する?」
「……シュンに教えてもらうから、いい」
「はは、そう言うと思った。でもおれのが文系科目は得意だと思うけど?」
「なによ、わたしと一緒にいたいだけでしょ」
「ああ、そう言われると、そうなのかも」
え、なんでそこで納得するの。
横を見ると妙に納得したように頷きながらわらっているスミくんがいて、何その反応、と思う。スミくんがわたしを見る目は相変わらずやさしくて何も言えなくなってしまう。
「あ、アタリだ」
「え?」
横を見ると、スミくんが食べていたソーダアイスの棒に、丸っこい字で《アタリ》と書かれている。
「うわいいな、ずるい」
「ナツノは?」
「ハズレ」
わたしの棒はといえば、これまた丸っこい字で《ハズレ》と書かれている。なんだ、残念、なんか悔しい。何にも負けてないのに、負けたみたい。スミくんって運までいいのか、そんなのずるいと思うんだけど。
「かして」
「ヤダ」
「じゃ、あげる」
「え、」
わたしのものと交換しようと思ったのかな。アタリ付きの棒をわたしに手渡して、なんでもないみたいに腕を伸ばしている。
「なに、なんでくれるの?」
「え、欲しそうだったから」
「スミくんが当たったんだから、スミくんがもらえばいーのに」
「んー、でもそれ渡したら、ナツノまたここ来てくれるかなって」
「なにそれ」
「願掛けみたいなものじゃない?」
一応、彼氏彼女、という名前だけは、ついているのにね。
どうして強引に手を引かないんだろう。触れようと思えばすぐ横にいるのに、スミくんはそんなことは一切しない。今のアタリのアイスみたいに、なんでもないみたいにやさしさだけを手渡して、それがまるで普通のような顔をする。
わたし、むずかしい、スミくんの好意のようなものを、うまく飲み込むこと。
「とりあえず、来週はサボるの禁止ね、ナツノ」
「それは約束できない、けど」
「どーかな、きっと来るよ、ナツノはやさしいから」
「どこを見てわたしがやさしいと思ったのか、スミくんってほんと、節穴だよ」
「だから、慧眼だって」
海を見ると、もう日が沈みかけている。夕焼けの海がこんなにきらきらしているなんて知らなかった。スミくんが連れてきてくれなかったら、今後見ることなんてなかったかもしれない。それは大袈裟かもしれないけれど。
やだな、このひとのこと、深く知りすぎない方がいい。
日が沈むまでにアイスを食べ終えて帰らなきゃ。溶けたものが私に入り込んでくる前に。
「気持ちいいなーこの季節、夏になる前」
「わたしはもっと暑い方が好きだけどー」
学校から自転車で約15分。わたしは大好きな街のアイスチェーンがいいと言ったのに、スミくんは海が見たいと言って反対方向にペダルを漕いだので渋々後ろを追いかけた。
あの後、スミくんがクラスメイトたちを帰して、完全にいなくなったことを確認してから下駄箱に顔を出した。スミくんは何食わぬ顔で遅い、と言う。私も何も聞いていない顔で、ゴメン、と呟いた。
本当はアイスなんて食べに行かなくても、あのままコッソリ帰ってもよかった。不本意だけど、サボった罪悪感があるから仕方なく、うん、仕方なく着いてきた。部活動が終わる時刻より少し早めに出たので帰宅ラッシュには被らなかったし。
海近くのコンビニでソーダ味のアイスを2つ買って私に手渡すと、堤防に自転車を止めて登る。
なんだか慣れた手つきだ。よく来るのかな。
スミくんは登った上から私に手を差し伸べて、当たり前のようにナツノもきたら? なんて言う。
「わたし、別に海とか好きじゃないー」
「まあいいじゃん、今日くらい、サボったんだし付き合ってくれても」
それを言われたら登るしかなくなってしまう。
スカートを気にしながらスミくんの横へ登った。同時に視線を上げると、視界全面に夕日の映るオレンジの海が広がっていた。
潮風が頬に当たる。街と反対にあるこちら側には中々来ることがないので、その光景に思わず息を呑んでしまった。
水平線に少し隠れる太陽が水面をオレンジに染めていて、光が反射したそれはきらきらと光って揺れている。波が押して返すのは、まるで私たちにこの煌めきを届けようとしているみたい。
波の音とひかりの温度が心地いい、それでいて、なんだかぐっとくる。なぜだろう。
「いいなこの時間、久しぶりに来たけど、やっぱ綺麗」
そう言ったスミくんがソーダアイスを齧ったシャリっと夏した後で我に帰る。夏に近づく音。ソーダも好きだけど、クリームソーダのが好きなのに。今日は仕方ないからソーダ味で手を打った。仕方ないから、ね。
「……よく来るの?」
「うーん、まあ、よくというか、何も考えたくないとか、逆に悩んでる時とかにふらっとひとりで」
「スミくんでもそんな時あるんだ」
「はは、あるよ、人間だし」
そんな風には見えないのに。
でも、そっか、誰でもあるんだ、悩むこと。
私もソーダアイスにかぶり付くと、少し溶けてしまったそれはしゃりっと音を立てる。今度はカタカナじゃなくてひらがなの音。美味しい、悔しいけど今日はミルクソーダよりソーダ味が合ってるかもしれない。
「何に悩むの? スミくんなんて、全部持ってるのに」
「なにそれ、全部持ってるってへんなの」
ケラケラ笑う。このひとはやっぱり優しい笑い方をする。
さっきの下駄箱でのことを思い出す。
スミくんを誘ったクラスメイトたち、本当に残念そうに帰っていった。スミくんが人に好かれていること、よくわかる。誰にでも優しくて分け隔てない。わたしへの興味がなんなのか、わからないけど。
今日だって別に、誘われたクラスメイトたちの方へ行ったってよかったのに。もしかしたらあの中に、本当にスミくんに恋をしている女の子だっているかもしれない。
「部活とか受験とか将来のこととか、考えるよ、人並みに」
「スミくんも人間なんだ」
「俺のことなんだと思ってんの」
「聖人君主」
「それは褒め言葉に受け取っとくけど」
褒め言葉だよ。べつに、スミくんのこと、悪い人だなんて思ってない。変わってるし、よくわからないとは思ってるけど。
「受験とか将来とかわかるけど、部活でも悩んだりするんだ」
「まあそりゃね、人並みには」
「でもサッカー部のエースなんでしょ」
「エースなんてもんじゃないよ、フツー」
「謙遜だ」
「ちがう、ほんとにフツーなんだって、みんなイメージで出来るって勘違いしてるだけ」
「そういうもんかな」
「そ、まあべつに、春の大会終わったら引退だしなんでもいいんだけど」
自称進学校のうちの高校は、そこまで部活動に力をいれていない。スミくんの回答もなんだかあっさりだ。せっかく3年間も続けてきたというのに、そんなものなんだろうか。
「勝ち進んだら、夏まであるんでしょ? 受験大変だね」
「勝ち進むことはないよ、みんなそこまで本気でやってない」
「そういうもの?」
「うん、そういうもの」
そういうものなのか。よくわからない。スミくんって意外に淡白なのかな。
私は去年まで水泳部に所属していたけど、大会というものには出たことがないし、優劣をつけるものでもないと思っていた。好きだから泳いでいる、それでよかった。
でも、普通は何か目標や夢があるものだと思っていた。わたしよりスミくんのほうが現実的だなんて、なんだか意外だ。
「ていうか、ナツノも受験のこと気にしたりするんだ、意外」
「意外とは心外な」
「なんとなく、今の成績でいけそうなところ受けるだけなのかなって思ってたから」
大学。進学。それが当たり前の校風。スミくんもそれを疑わない。わたしたちはもう、自分たちで未来の選択をしなくちゃいけない。だけど、選択する前に、大学に行くことはほとんど義務のようなもの。誰もがそれを疑わずに机に座っている。
「うん、まあ、そんなとこかな。スミくんは?」
「んー、まあ、県外も少しは視野にいれてるけど、まだ確実じゃないかな」
「え、そうなんだ」
「何? 寂しい?」
「そんなこと一言も言ってないでしょ!」
「はは、そう言うと思ったー」
県外、か。確かにそういう選択もある。それに、スミくんは頭がいい。具体的にどれくらいかはわからないけど、クラス順位はかなり上位だったはず。
あれ、そういえば、シュンはどうするのだろう。いつもシュンと一緒にいるのに、肝心なことをいつも聞けていない。この街を出ていくかもしれないなんて、考えたことがなかった。
シュンがいなくなる。そんなこと、想像すらできない。
「凄いな、でも、ちゃんと考えてるんだね、みんな」
「なにが?」
「将来のこと」
「別にしっかり考えてるわけじゃないけどなー。学びたいことも、夢も、しっかりあるタイプでもないし」
「ふうん、じゃあなんで大学にいくの?」
「幅を広げる為じゃない? 今後やりたいことができた時のために」
「私はやりたいことなんて、見つかる気がしないや」
「そう? でも、水泳は好きだったんじゃないの」
「うん、でも、もう飽きたよ」
わたしは、大人になりたくない。そんな子どもじみたことを、ずっと思っている。年齢だけ、歳を重ねていくけれど、私はずっとあの頃のまま、ここにいる。
やりたいことなんて今後、見つかるかな。仮に卒業して、シュンが遠くなって、ハルカの記憶が薄れて、そうしたら、私は一体何を軸に、今後生きていけばいいんだろう。
大好きだった水泳でさえ、やめてしまったというのに。
「別に無理しなくていいと思うけどね、やりたいことなんてある方が珍しいと思うよ」
「そうかな、」
「うん、だって、人生に理由っている?」
「壮大な話になってるよ」
「はは、確かに」
「わたしは理由なんてないけど、ある人だっているじゃん」
「それはそうだけど、じゃあ、やりたいこととか、夢とか、ないことが悪いことでもないんじゃない?」
あれ、そうかな。人生って、将来って、夢や目標や理由があるべきじゃないのかな。私を生かしてくれる指針みたいなもの、なんでもいい、小さなもの。
わたしはもしシュンがいなくなってしまったら、きっと指針がなくなってしまう。生きるための方位磁石のようなもの。
「じゃあさ、今度一緒に勉強する?」
「……シュンに教えてもらうから、いい」
「はは、そう言うと思った。でもおれのが文系科目は得意だと思うけど?」
「なによ、わたしと一緒にいたいだけでしょ」
「ああ、そう言われると、そうなのかも」
え、なんでそこで納得するの。
横を見ると妙に納得したように頷きながらわらっているスミくんがいて、何その反応、と思う。スミくんがわたしを見る目は相変わらずやさしくて何も言えなくなってしまう。
「あ、アタリだ」
「え?」
横を見ると、スミくんが食べていたソーダアイスの棒に、丸っこい字で《アタリ》と書かれている。
「うわいいな、ずるい」
「ナツノは?」
「ハズレ」
わたしの棒はといえば、これまた丸っこい字で《ハズレ》と書かれている。なんだ、残念、なんか悔しい。何にも負けてないのに、負けたみたい。スミくんって運までいいのか、そんなのずるいと思うんだけど。
「かして」
「ヤダ」
「じゃ、あげる」
「え、」
わたしのものと交換しようと思ったのかな。アタリ付きの棒をわたしに手渡して、なんでもないみたいに腕を伸ばしている。
「なに、なんでくれるの?」
「え、欲しそうだったから」
「スミくんが当たったんだから、スミくんがもらえばいーのに」
「んー、でもそれ渡したら、ナツノまたここ来てくれるかなって」
「なにそれ」
「願掛けみたいなものじゃない?」
一応、彼氏彼女、という名前だけは、ついているのにね。
どうして強引に手を引かないんだろう。触れようと思えばすぐ横にいるのに、スミくんはそんなことは一切しない。今のアタリのアイスみたいに、なんでもないみたいにやさしさだけを手渡して、それがまるで普通のような顔をする。
わたし、むずかしい、スミくんの好意のようなものを、うまく飲み込むこと。
「とりあえず、来週はサボるの禁止ね、ナツノ」
「それは約束できない、けど」
「どーかな、きっと来るよ、ナツノはやさしいから」
「どこを見てわたしがやさしいと思ったのか、スミくんってほんと、節穴だよ」
「だから、慧眼だって」
海を見ると、もう日が沈みかけている。夕焼けの海がこんなにきらきらしているなんて知らなかった。スミくんが連れてきてくれなかったら、今後見ることなんてなかったかもしれない。それは大袈裟かもしれないけれど。
やだな、このひとのこと、深く知りすぎない方がいい。
日が沈むまでにアイスを食べ終えて帰らなきゃ。溶けたものが私に入り込んでくる前に。