はじめは手こずったヘリウムガスの使い方も、数をこなすと慣れてきた。

 さすがなもんだぜ、とヘリウムガスをひたすら入れまくる私と日野の目標バルーン数は、300。クラスメイトには当日自分が飛ばす分にだけそれぞれ入れてもらう予定になってるから、それでも260くらいのバルーンを膨らませる必要があった。

 黙々と作業に勤しむ。いつもならくだらない会話をする私たちも、そのときはただただ空気を膨らませて、「それ」を入れて、の作業に必死だった。日野も職人っぽくなってんな。ちょっと私が休憩がてら手を緩めると、日野が黙々と作業する音だけがする。

 俯いた顔に前髪がかかる。その薄い唇に目がいってからぽん、と思いついた。


「ねえねえ」

「…」

「ねえねえ日野」

「んー」

「この前の。もし鈴木さんがさぁ、あのままキスしてってお願い取り下げなかったらどうしてたん」

「…」

「ちゅーしてた?」


 日野が少し手元を緩める。も、すぐに調子を戻した。


「…しないよ」

「えー」

「えーってお前」

「だってそしたらバルーンリリース出来なくなるんぞ」

「そんでだからお前おれに体売れと」

「そうは言ってないけどさあ」


 日野のことだからてっきり私のためを思ってさらっとするんだと思った。後ろ姿しか見えなかったけど日野は微動だにしていなかったし、よくわからんなぁとヘリウムガスをバルーンに注入する。


「てか、立入さんといい、鈴木さんといい。めっちゃ声かけられんじゃん、なんなんだモテ期か?羨ましいぞ日野」

「お前は嫉妬する相手を間違ってる」


 半目で言われて何が、と仏頂面で返せばもういいって言う。それでも何とも複雑な面持ちの私に気がついたのか、日野も手を止めて私を見た。


「多香が嫌がると思ったんだよ」

「私が?なんで?」

「おまえ…マジで最低だな」

「え、なにが」

「だーもういいわ。違う。これ多分建前。おれが嫌だったんだ、そうこれが正解」

「ほ?」

「おれが他のやつとそういうことすんの嫌だったの!」


 くわん、と耳に響く音量で言われて、思わず耳を塞ぐ。立ち上がってまで言うことかねそれ。怪訝に眉を顰めた私は着席する日野を見てから、


「…ふーん」

「ふーんじゃなくてね」

「じゃあ誰とすんの、この先」

「…」

「いにゃい、いのいたい」