「お前は何も悪くない」
だからはよ行け、ってあしらう仕草は、この前クラスメイトたちに私が受けたそれと同じにしては、あまりにも違い過ぎた。
それまで愕然として震えていたのに、ぎゅ、と眉間に皺を寄せて軽く頷いた薮内くんはきっとどこかで救われていて。去っていく彼を追いかけるべきだったのかもしれなかったのに、もう体が動かなかった。
それからどれくらい経ったのか。
呆然としていると、いつのまにか振り向いた日野がこっちを見下ろしていた。
「おい脚閉じろ。色気ねー体育のズボン全開だぞ」
「うるさいあっちいけ」
「ぁあ?」
「わかってんのか、喧嘩中だぞ」
「だから今から仲直りすんだよ」
ハッとして顔を上げると、屈み込んだ日野がもう目と鼻の先にいた。
日野の飴色の瞳がたくさんの光を受けて新緑の木漏れ日みたく揺れて、その生命力にきゅっと唾を飲み込み、三角座りしてその視線を絶った私は塞ぎ込んでぽこ、と相手の肩を叩く。
「日野のあほ、すかたん、にぶちん唐変木」
「なんなんだよ…」
「日野はずるい」
「何が」
「どうでもいーって言ったくせに」
「そんなこと言ってない」
「付き合ったの成り行きって言ったくせに」
「それは言いました」
「佐々木希か泉里香がいーって言ったくせに」
「それも確かに言ったけど」
「ならなんで私を選んだんだ」
「タイプと付き合える人間は違うだろ」
「てめぇ!」
「しょうがねーだろ、好きになっちゃったんだから」
真っ向からさらりと言われて、ぽかんと目が点になる。
顔を上げて制止する私に対し日野はムッとしていた。照れるでもない。だったら悪いかくらいの真顔は、私より先に目を伏せた。
「おれだってどう頑張っても多香の好きなジャッキーとかブルース・リーにはなれないよ」
「…うん」
「モノマネくらいだったら出来る」
「…うん」
「だからそれで許してくれ、って何この会話」
脱線してない、っていつもの調子で日野が言うから思わずふは、と噴き出してしまった。浮気やお互いを嫌いになってする喧嘩の形では到底なかった。離れてより一層その距離を縮めたくなってしまった。
私が笑ったことで勝利の軍配が自分に上がったことを日野は気付いたのか、つられて日野が笑ったとき、そこで初めて私は恋しかったんだと気付く。