「なんでそんなことに」

「愛しさ余って憎さ百倍だ〜」

「可愛さじゃないんだ」


 えーん、とさながら酔っ払いのごとく机に突っ伏してびいびい泣き喚く(嘘泣きだけど)私に、困ったような薮内くんの声が降ってくる。

 椅子を手繰り寄せてたぶんしばらくそんな私を見守っていた彼の手がぽん、と頭に乗った気がして、顔を上げたらやっぱりよしよし、と頭を撫でられた。

 ぐす、と鼻をすする私に、薮内くんは微笑む。


「…足立さんてさ、無自覚の男子キラーだよね」

「うん…うん?」

「ほっとけなくなるし」


 くすくす笑いながら目にかかった前髪を指先でよける仕草に、多分女の子はもしかするとときめくのかもしれなかった。よくわからないまま考えあぐねた末、


「…それは薮内くんが優しいひとだからじゃないか」

「え?」

「四面楚歌だったんだ、あのとき。バルーンリリースやりたいって手を挙げたのはやっつけだったけど、あの中で手を挙げた薮内くんの勇気は、私の初めの挙手よりよっぽど勇敢だったよ。優しくないと出来ないと思った。うんや、思う」


 だから感謝、と合掌して見せると、呆気にとられたみたくポカンとしていた薮内くんがはは、と笑った。あんまり表情のないひとだと思っていたから、笑ったときあれ、と思った。歯が白くて、目が垂れるんだ。

 そしてすぐに影が落ちる。

 朗らかな空間を遮るように、教室後ろの扉から数人の女子たちのきいきい声が聞こえたからだった。遅れて入ってきた日野を見るけど、女子とそこそこ上手くやってそうだった。

 ちく、と胸が傷む。


「見るから痛くなるんだよ。見たくないものは見なくていいと思うよ。わざわざ確認して傷つくなんて馬鹿げてるだろ」

「う?」

「俺はそうやって野球部辞めたよ」


 そう言ってくしゃ、と私の頭を撫で付けた薮内くんの姿を日野が見ていたことを、私は知らない。






 



「やばいやばい遅くなった」


 今日提出期限のバルーンリリースの完成予想図イラストを仕上げていたら、下校時刻の15分前を切っていた。
 こんなに文化祭のイベントでてんやわんやだと言うのに、学校側は非情なもので学生の本分でもある学業、要するに課題は容赦なく突きつけられる。

 校門まで行って早速明日提出の課題ノートを教室に忘れたことを思い出しマッハで帰って来たら、扉のところで出会い頭の男子生徒とあわや衝突しかけた。


 前のめってお互い同じタイミングで仰け反る。日野だ。