『良かった。これでこの代も藤原家は安泰だ』
『本当に。このままではーーに渡るかと』
何?なんの話し?
何も真っ暗で見えないが、ざわざわと大人の話す声だけが聞こえる。
『既に相手は決めてある。後はーーを見つけるだけ』
『長く務めてもらうためにも、早く見つけて欲しいものだ』
何を見つけるの?
何故か所々よく聞こえない。
真っ暗な中でざわざわと声だけが聞こえるが、
何故かその声がとても不快に感じた。
ふと側に人の気配を感じて驚いて横を見る。
そこには小さな男の子が俯いて正座をしていた。
俯いていているので顔は見えないが、
膝に置いている小さな手はぎゅっと握りしめられ、小刻みに震えている。
またざわざわと声が聞こえ、
その不快な声がこの男の子に向けられているものだとわかった。
『あぁ、この子はこの声に耐えているんだ』
再度必死に握りしめている男の子の手を見て、
私はふつふつと怒りが湧いてきた。
何やら勝手な事を言っている相手に言い返してやりたい。
震えるこの子を守ってあげたい。
でも、何て言えばいいの?
私なんかが大人達に上手く言えるの?
未だ大人達の不快な声は消えない。
『酷い。この子が必死に耐えているのがわからないの?!』
だけど何を言い返して良いのかわからない。
だって本当はなんて言われているのかすら、きちんとわかっていないのだから。
声はどんどん大きくなる。
『このままじゃこの子が声に飲み込まれる!』
思わず男の子を抱きしめようと、私は手を伸ばした。
『ここ、どこ?』
白い天井がぼんやりと視界に入ってきた。
何か顔のあたりが冷たい。
「東雲!」
急に側から大きな声がした。
ゆっくりと声の方を向けば、
そこには見たこともないほど途惑った顔の藤原がいた。
そして近くには葛木先生が私の手を握っていた。
その手が寝ている私の顔に伸びて、冷たいものを拭う。
そうか、私、泣いていたんだ。
「私達がわかりますか?」
葛木先生がゆっくりとした声で尋ねるのを、
私はちいさく頷いた。
それを見て、藤原と葛木先生が無言で頷き合っている。
葛木先生は、ちょっと待ってて下さいねというと私の手をゆっくりと離して、
白いカーテンを開けて出て行った。
「ここは保健室だ。もう大丈夫だからな」
落ち着かせるように言う藤原の声に、
言葉を返そうとしたが声が出ない。
私は喉に手を当てた。
それを藤原が厳しい顔をして見ている。
私は安心させたくて小さく笑った。
そこに葛木先生がコップを持って戻ってきた。
「喉が渇いたでしょう、特製のレモネードです。
ゆっくり飲んで下さいね」
ベッドから起き上がろうとした私をすぐに藤原が支えてくれ、
葛木先生から手渡されたコップをうけとる。
ぼんやりと冷えたコップを眺めた後、こくりと一口のんだ。
すぅっと身体中にとけて広がっていく感じがする。なんて美味しいんだろう。
私は残りをごくごくと一気に飲み干した。