真吏がその店を訪れたのは、一週間前のこと。
オープンカフェとは云っても簡易テーブルとパラソルを広げただけのもので、丸いテーブルがひとつに椅子が四脚囲むように置いてあるだけだ。
「それは大変だねえ」
冬の太陽の下、のんびりとした少年の声が聞こえた。
依頼理由を話終えたところである。
「高竹さんの記事。この『完璧な人工生命体』のコラム、面白いよ」
週刊誌のページをめくり顔をあげる。
「見てみたいね」
年齢は十六、七歳位の高校生くらいに見えた。
制服のような紺色のブレザーにシャツとネクタイ、グレーのパンツを身につけている。
名前は室井有秀(むろい ありひで)と名乗った。
髪は白に近い灰色で、瞳はバイオレット。
神の寵愛を一身に受けて造形されたような整った顔立ちだが、口調はどことなく幼い。
肌は白く透き通るような透明感を持つ、美しい少年であった。
その少年は目の前の女性に奢らせたキャラメルラテの入った紙コップをテーブルから取ると、口元へ持って行く。
「……ねえ。依頼は受けてくれるんでしょうね?」
高竹真吏は不安になった。
彼女は少年が感心仕切りの、そのヒューマノイドに危険な目に合わされるかも知れないのである。
肉体細胞が人間よりも強化している人工生命体、ヒューマノイドに生身の彼女は太刀打ち出来ない。
だからこそ彼女は闇世界の人物を頼る事に決めたのだ。
それは、この世界に神の体を受け継ぐという、凄腕のガーディアン(守護者)が存在するという事だった。
その名の通りガード(守り)を基本とする闇の職業であり、暗殺やその他は引き受けない。
名前も詳細は一切不明だ。
アキラルは証拠を残さない。
破壊したボディは回収しているという理由もあるが、人間型ヒューマノイドを外で歩かせる事は違法になるため、所有者も深入りはしないのかもしれない。
その人物とは直接コンタクト出来ない為、この少年が交渉人として現れる。
そして彼の要求に応えられた時のみ契約は成立するという。
しかし、やはり噂は当てにならないのか。
この少年の要求というのは、このオープンカフェの看板商品『キャラメルラテ』を一杯、奢るというものであり、真吏は拍子抜けした。
何か高尚な物を要求されるかと身構えていたからだ。
もちろん契約成立時の依頼料は別であり、払う約束である。
それも彼女の五年分の給料を全額注ぎ込んだ位では払いきれない、とても高額な料金だが。
命が無くなっては金など無意味な物だと思っているので渋るつもりはない。
だが目の前の少年にとって自分の命はキャラメルラテと同価値らしい。
しかも驕らされたあげく馬鹿にされて依頼破棄されるような気がしたのである。