真吏が行方不明になった。
出版社にも無断欠勤している。
出版社のイケメン男が喫茶店を訪ねてきた。
「よく高竹が話していたんです。ここがお気に入りだと」
警察にも届けたが、今の電磁波の騒ぎのため捜査は進んでいないようだ。
志鳥は頷く。
「わかった。何かあったら知らせる」
「よろしくお願いします」
男は深々と頭を下げると店を出て行った。
「真吏が失踪とは」
清白が表情を曇らせる。
「危険な仕事はしないと云っていました。最近は、グルメリポートが多かったようです」
それは志鳥も知っている。
本人から取材を申し込まれたからだ。
仕事以外で清白が気になることは、真吏は職場の女性社員から美貌を妬まれいたこと。
傘を届けた時に実際に目撃した。
「まさかなあ。でも無いとは云いきれないが」
志鳥は顎を撫でる。
あの電磁波が出ている限り、今はまだ清白は外出させられない。
「マスター」
思考を巡らせる主に清白が何かを云いかける。
喫茶店のドアが開いた。
中性的な容姿か魅力の葦澤攻である。
スーツではなく、帽子を目深にかぶった私服姿にエプロンを付け、荷物を積んだ台車を押してきた。
「ご注文の珈琲豆を、お届けにまいりました」
カウンター内に立つ清白の姿を見て、ぎょっとした。
「ふ、ふ……いや、フミ子姉さん!」
「君の姉さんに似ているかい?おれのアシスタントは」
危うく渕脇社長のヒューマノイド!と口を滑らせそうになった彼へ、志鳥が冷静に言葉の冷水をかけ葦澤は言葉を飲み込んだ。
「失礼しました。田舎の姉さんに似ていたもので。こちら納品書になります。検品、お願いします」
葦澤が納品書と供に自分の名刺を志鳥に渡し、店主はその文字を目で追いながら商品確認をする。
「ありがとう。間違いなさそうだ」
「まいど、ありがとうございます。こちらにサインをお願いします」
志鳥は差し出された配達証明書にペンを走らせた。
葦澤はそれを受けとると頭を下げ、店を後にする。
「私は、あの方のお姉さまに似ていたようですね」
「おまえみたいな美人なんだな」
志鳥は検品表の文字を目で追っている。
今は会社を離れることが出来ず連絡も取れない渕脇忠行の代わりに葦澤攻を使い、芝居をしてまで伝えることがあった。
通信機器を使わなかったのは、盗聴される恐れがあったからである。
「大変だな問屋の主も。だが、こちらも助かる」
最高級珈琲豆の包み紙を志鳥は見つめる。
「ところでマスター。高竹真吏ですが」
「ああ。迎えに行ってくれるか清白」
志鳥が珈琲豆の袋を開封する。
豆の奥に梱包材にくるまれた小箱が見えた。
バーナ重工業が開発した電磁波防止装置だ。
これは元々、ヒューマノイド蒼つまり今の清白に装備品させるために渕脇が開発したものだ。
ヒューマノイド自身は流出して価値なしになってしまったが、廃棄にはしていなかった。
それを志鳥にに譲ったのである。
「さすが。我が友」
研究所以来の悪友は、今でも変わらないようである。