憧れであった渕脇忠行と、デートをすることになった。

鷹人を救ってくれた礼と有秀の入院見舞い、そして巻き込んだことへの罪滅ぼしだと云う。

食事に誘われたのだが、ドレスコードのある格式高いイタリアンリストランテだ。
主婦や一般人がランチで気軽に入れるような店ではない。
渕脇のエスコートは完璧だ。
真吏の期待は一切裏切らない、どこを取っても完全無欠である。

「心ここにあらず、という感じだな」

青いドレスを身に付けた真吏を見つめる。
それに合ったメイクに金のアクセサリー、靴。
いつもと違う雰囲気だが真吏は美しい。
渕脇に見つめられ、その瞳に真吏はハッとした。

「ごめんなさい、緊張して」
「君はジャーナリストなんだろう?それも含めて、答えてやるつもりでいたんだが」

渕脇忠行と個人的に食事など、まずありえない。
現に今までも何度も取材を申し込んだのだが、ダメで。
志鳥の計らいで今、こうして食事をしているわけなのだが。
真吏が笑顔を見せる。

「やはり仕事が絡まないといけませんね」
「いや。おれが野暮だった」

なぜだろう。
あんなに渕脇忠行に憧れていたのに、いざ眼前にすると現実的ではない。
最高級イタリアンはとても美味しいし、店の雰囲気も調度品も全てが一級品の素晴らしい物である。
だがなぜか、青年の作ったパンケーキが恋しくなった。
そして青年に対して罪悪感がある。
自分は恋人でもないのに。

「渕脇社長と、こうしていることは夢のようです。志鳥さんから訊いているかもしれませんが、あなたは色々な意味で憧れでしたから」

真吏の言葉に嘘はない。
仕事の面でも彼の経歴についても、尊敬している。

「ですが悪い事をしている気持ちになります。仕事と思えば、割りきれるのです」

渕脇は真吏を見つめ、瞳を微笑させた。

「聡明だな、君は」

デザートが運ばれてきた。
ティラミスとフルーツを美しく盛り合わせたプレートだ。
真吏は自分の気持ちを押し込めていただけだと気づいた。
アラサーの女が二十代前半の若者に恋しているなんて、ありえないと。
こんな想いを知られたくない。
良い友達でいたいと思っていたのだから。

「私は自分を、わかっているようでわかっていませんでした」

それにどこかで真吏は、いずれ捨てられると感じていたのかもしれない。
だから父親のように大切に想ってくれる、年上の男が好みになったのではないかと。
仮に万が一に、あの青年と恋仲になれたとしても、また心変わりされ奪われて終わりになってしまう気がする。
現に最近フラれた男もそうだった。

「年上ゆえに慎重になるか。まあわかるがな。ひとつ、云っておこうか」

渕脇はフォークでティラミスを割る。

「感情を試すような行為は、それ自体を壊す。大切な物を叩きつける行為だ」

フォークで割ったティラミスを突き刺す。

「リセットは効かない場合もある。慎重に選択することだ」

渕脇はティラミスを口に運び満足気だ。
彼は意外にも甘味が好物で、酒よりもケーキを好む男なのである。

「イメージと違うとよく云われるが、知ったことじゃない」

真吏は微笑する。
やはり渕脇忠行は思った通りの男だ。

「やはりあなたは、憧れ通りの素敵な男性です」