ヒューマノイド修理工場が関わっている、というそれだけであったのだが、真吏の感は当たった。
人間に確実にダメージを与えるには、プログラムされたヒューマノイドを使うことが最もだと考えていたからだ。

護衛を依頼していたのがこの青年だが、真吏も姿を見たのは今日が初めてである。
彼は警官ではない。
民間の対ヒューマノイド専門の護衛屋だ。
彼だけではなく他にも『はぐれヒューマノイド』を駆逐する業者は存在する。

『はぐれヒューマノイド』は、制御チップが壊れたり失ったりで人間の支配下から離れた人工生命体のことだが、第三者が手を加え人間を襲撃させるようにプログラムを追加、さらに奴隷化させてしまうケースがほとんどで、制御チップ探索装置にも察知できないように細工されてしまうことが多い。

違法ではない範囲で活動している『護衛屋』だが、むろん警察にも相談窓口はある。
しかし今回は市民を守るはずの警察が敵なのだから、警察に訴えても無駄なのだ。
自分に何かあれば記事が流れ事件の真相が闇に葬られる可能性がある。

「あのアルっていう男の子が云っていたのは、あなたの事なの?」

一週間前の少年を思い出しながら真吏が訊ねると、男は頷く。
まだ二十代前半の若者だ。
色白で整った顔にどことなく物憂げな表情、彼は間違いなく美青年だ。
だが年配のベテランかと思っていた真吏は少々、拍子抜けした。
自分の勝手な思い込みなので彼は悪くないのだが。

そんな真吏の胸中など知らないアキラルは、バラバラに飛び散ったヒューマノイドの破片を見回すと、何かを見つけたようにそこへ向かうと身を屈め何かを拾う。
彼が拾い上げたのは指先ほどの小さな欠片だった。

「それは?」
「ヒューマノイドの知能チップの破片だ」

街灯が点灯しているとはいえ、今は夜だ。
しかも木っ端微塵になって散乱しているヒューマノイドの破片の中から、それだけを迷いなく拾い上げた。
この男もヒューマノイドなのだろうか?

「どうするの?」

しかし真吏はそのことは訊ねず、違う疑問だけを音声にした。
躯に機械を埋め込む事は珍しくないし、真吏には関係のないことだったからだ。

「持ち帰る。欲しがっている人物がいる」

青年はポケットに無造作に突っ込み、千切れた腕を拾うと真吏に目を向ける。

「自宅へ戻るのか?」
「もちろん。あなたが護ってくれるんでしょ?」

真吏は青年を見上げる。

「そうだな。それにしてもよく、ヒューマノイドの攻撃をよくかわせたな」

アキラルが云った。

「偶然よ。父親が武道の道場主をしていて、子供の頃に習っていたことがあったの。だからだと思うわ」
「そうか」

青年は頷いたが真吏は気づいた。

「ねえ。私が襲われるところ見てたの?」

アキラルは無言だ。
しかし更に真吏は問い詰める。

「あんなにタイミングよく、変だと思ったわ。何のためよ?ヒーローになるため?」

真生は呆れながら腕を組む。

「そうかもしれん」

青年は僅かに笑みを浮かべる。

「やる気があるのかないのか、よくわからない人ね。……でも」

真吏は呆れながらためにをつく。

「あなたの話が嘘じゃなくて良かった。依頼を実行してくれて嬉しいわ。これから約束の日まで、よろしくお願いするわね」

真吏が改めて手を差し出すとアキラルは握った。
凍てついたような白い月が空に輝く、夜の出来事である。