「良かった、有秀君の意識が戻って」

有秀の見舞いの帰り道だ。
鷹人は真吏を自宅まで送り届ける途中である。

「鷹人君は大丈夫なの」

青年は頷く。

「あなたにケガがなくて良かった」

そうは云うものの、鷹人の首にはうっすらと跡が残っている。

「ヒューマノイドが、どうして学校にいたんだろう」
「おれに用があったらしい」

ヒューマノイドという人工生命体を破壊できる能力を持っている、鷹人が狙われるということだろうか。

「無茶しないでね、鷹人君。君のパンケーキと煮込み料理のファンは、たくさんいるのよ」

真吏も、その一人だ。

「……高竹真吏」

鷹人が真吏の隣を歩いている。

「またフルネーム」

呆れながら真吏はいったが、もう慣れてきた。
青年とは彼の副業の護衛業の依頼のみで、それきりの関係かと思っていたから、こうして並んで歩いて会話をすることは不思議だった。

(鷹人君に彼女ができたら、もう一緒に歩けないんだ)

真吏は一定の同性から好かれないことはわかっていたし、理解を得ようとも思っていなかった。
真吏の表情のどこかに翳りがあるが、それだけではない。
志鳥の計らいで渕脇忠行と食事をする予定ができたからだ。
鷹人に出会う前の真吏ならば歓喜を隠しきれないほど胸が踊っただろうが、彼女の心境は変化しているのだ。
何より鷹人と疎遠になることは寂しい。

「ネマは元気?」
「ああ」

真吏は笑顔を見せた。
あの黒猫は幸せ者だ。
青年の寵愛を一心に受け、これからも側にいられるのだから。

「文化祭のとき、ネマがいたの。ネマが鷹人君のところへ案内してくれたんだよ」

彼の行動範囲は広いらしい。

「鷹人君、そういえば、さっき何か云いかけたよね。私ばかり話して、ごめん」

真吏のマンションが見えてきた。

「……あれ?」

マンションのエントランス階段に黒猫が前足を揃えて座っている。
近づくと一鳴きして、真吏と鷹人の足元に躯を擦り付け喉を鳴らした。
鷹人が買った首輪チャーム。
間違いなく青年の黒猫だ。

「ネマ!君の活動範囲は広いのね。しかもよく私の家がわかったね。偶然?」

真吏は屈んで黒猫を撫でる。
ゴロゴロと喉を鳴らし、屈んだ真吏の膝に飛び乗った。
ご機嫌のようである。

「わあ、嬉しい。最高に可愛い。癒されるぅ」

真吏の手や躯に顔や尻尾を擦り付けている。

「せっかく来てくれたんだもんね。鷹人君、たまにはうちにあがって?ネマとも、もっといたいし」

真吏は自宅に鷹人を招き入れた。
三階にある二DKの部屋である。
仕事も一区切りし真吏なりに片付けた室内だが、本や資料があちらこちらに山になっている。

「有秀君が来たことも、あったなあ」

真吏は日本茶を淹れて湯呑みをテーブルに置いた。