「そんなあ……」
(無糖もねぇのかよ)

クラスメートの落ち込みように、応対した眼鏡の女の子は慌てた。

「でもまだ予算はあるし。追加で茶葉とミルクを買って来るね」

この女子はクラス委員でもあるのだが真面目で責任感が強い子だ。
慌ててエプロンを外す様子を見て、有秀は小さく笑った。

「ぼくが買って来るよ」

クラス委員はしばらく有秀を見てから、顔の前で掌を合わせる。
頼むことにしたようだ。
金を受けとる。

「ありがとう、室井君!領収書もらってね」

人に揉まれた少年が、ふと一人になりたいと考えた事もある。
正門は人の出入りが激しいため、荷物や在庫置き場に使っている校舎別棟から裏門へ出ようと考えた。

仕方なく自販機で購入したペットボトルのオレンジジュースを口に付け、傾ける。

「ぷはぁ」

爽やかな甘味と酸味、冷涼感が喉を通り抜ける。
飲みたかった物とは違うが、これはこれで美味しい。

実験用の薬品も置いてあるため普段は閉鎖
してあるのだが今回は荷物置き場として、一階の教室のみ解放されている。

今は文化祭の客入りが最高潮時間であり、接客対応、イベントに追われこの別棟には誰もいないようだ。
皇子衣装を脱ぎ、それを置くために使われていない教室のドアを開ける。

「!」

誰かがいる。
スーツ姿の男だ。
文化祭の客かと思ったが、そうではないようだ。
というのも少年の姿を見た途端、形相が変わったからだ。
直ぐに扉を閉めようとしたが、どういうわけか扉が締まり鍵が勝手に掛かる。

この教室の扉の鍵は電子キーなのだが、随分前に壊れていて使えなくなっていたはずだった。

「飛んで火に入る夏の虫とは、このことだな」

有秀は男の感情を刺激しないようにしながら、男の様子を伺う。

「……」
「恐怖で動けないか。安心しろ、今は何もしない」

男の云う通り大人しくしていれば今は大丈夫のようだ。
あくまでも『今は』だ。
有秀は何とか切り抜けるべく思考を巡らせる。

(あのクラスメートの子じゃなくて、良かった)

ひょっとしたら彼女が巻き込まれていたかもしれない。
それを回避できたと有秀は安堵した。

その間にも男は持ち込み床に置いたパソコンのキーを叩いている。
様々な薬品類を調合しているようだ。

「できた」

蝋燭やマッチを使った簡単な時限装置に繋げると、男は立ち上がる。

「気に入らなかった。毎朝、あの学校に通うおまえらを見るのが。おまえらみたいなふざけた奴が」
「……もしかして、この学校の卒業生?」

この別棟の事を知っていること、今の言い回しを考え有秀は訊ねる。

「神の躰を知っているか」

唐突に男が云った。
有秀は勿論、それを知っている。
それは真吏の書いた記事だからだ。

「このおれは神になった。だから人間を裁く。手始めにこの学校を消すことにした」