僅かに熱気の帯びた風の吹く夜である。

白銀の月光の下、夏色のかかったドレスを纏った風の妖精が静かなワルツを楽しんでいるような風であり、夜であった。

「文化祭も終わったら、いよいよ受験まっしぐらだなあ」
「そうだな。あっという間の三年間だったよな」

私服姿の高校生の少年二人が並んで歩道を歩いている。
彼等の学校は今、文化祭の準備に終われているらしい。
この日もその準備の為に学校へ残り、それを終え学習塾からの帰宅途中であった。

時間は夜九時前。
深夜ではないが未成年者が出歩くには、少し遅い時間かもしれない。

表通りから裏路地に入ると自動車や店の賑わいは落ち着き静かで人影もなく、静穏に風が揺れている。
人気のない風の幻想的な舞踏会がざわめいたのは、一人の人影が全くそれを無視し突っ切ったからである。

黒のスーツ、黒いネクタイに白いシャツを身に着けた男であった。
年齢は三十才前後くらいだろう。
片手に通勤用の革製鞄を持っている事から、仕事帰りのサラリーマンのように見えた。

家路を急ぐ少年たちとすれ違った、その時だ。
何か()ぜるような音がしたかと思うと少年の一人が突然、前屈みに倒れた。
倒れた少年の胸の辺りから大量の血がみるみる池を作っていく。
もう一人の少年は悲鳴をあげ倒れた少年の躰を揺すり呼びかけるが、反応しない。

少年二人を照らしていた月光を人影が遮り、少年は友人に危害を加えであろう人物を見上げる。
逆光になりその人影の顔は見えない。
身の危険を感じた少年は、背を向けて全力で走り出す。

再び何かが爆ぜる男がすると、その少年も倒れる。

サラリーマン風の男はそれだけを確認すると、それ以上は何もせず再び闇の中へ姿を消した。