一階の喫茶店でアラサーの女と十代の少年が、不毛な口喧嘩をしたと思えば抱きつかれたりしている頃。
二階にあるワンルームの自室に戻った鷹人が床に寝転んだまま動かずに、じっとしていた。
エプロンは外してベッドに置いてある。
同じく二階に戻った清白(スズシロ)が、開け放たれたドアから青年を見つけ首をかしげる。

「何をしているの?」

そっと鷹人に近づき、頭付近で膝を崩して座った。

「こいつが動かずにいろと云う。だから動かない」

見ると黒猫が青年の肩口を枕にして眠っている。

「鷹人はどMね」
「マゾという意味か?」

青年が無表情に答える。

「そうかもな。悪い気はしない。こいつのゴロゴロを訊いていると、気分がいい」

青年が腕を伸ばし頭を撫でると、猫は一層、喉を鳴らす音量を上げた。

「幸せそうね?鷹人」
「そうだな」

開け放たれた窓から柔らかい春の風が室内を爽やかに駆け巡り、美女と青年の髪を揺らす。

春の訪れを告げていた。