「その傷。その腕……まさか、私を襲ったヒューマノイド!?」
真吏が立ち上がる。
パニックになりかけた真吏を志鳥が手で優しく制する
「大丈夫だ、お嬢さん。こいつの攻撃性とコントロールを外した。おれたちに危害を加えることはない」
長い艶のある黒髪を高い位置で一本に纏め上げ、計算され尽くした顔に、減り張りのある美しい肢体。
切れ長の瞳に長い睫毛、赤い唇。
最新の培養技術で復元されたボディは手触りも何ら人間と変わりはない。
真吏を襲った時は全身をボンデージで隠されていて素顔が見えなかったが、美しいヒューマノイドだ。
「アシスタントが欲しかったんでね。名前はスズシロだ」
これを人形と呼ぶには、いささか無理を感じる。
そのくらい完璧なヒューマノイドだ。
「これぞ男のロマンだな」
志鳥がヒューマノイドを満足げに眺める。
鷹人が回収した三個の頭脳チップデータを一つに統一し、造り直した一品だ。
「スズシロ?」
「はい。漢字で書くと清白。春の七草のひとつ、大根という意味です」
真吏の疑問に、清白が表情を崩さずに答える。
「マスター。大根って名付けたんですか」
「大根は好きだ。あのボディラインといい質感といい。官能的に悩ましい野菜のひとつだと思うんだが」
「トマトにでもほうれん草にでも、欲情してて下さい」
野菜変態、と最後は声に出さずに真吏は呟き呆れ顔だ。
本当の名付け理由は三原色の融合体だから白、清い白だから清白とそのまま名付けただけなのだが、志鳥は黙っていることにした。
その方が面白い。
志鳥が合図すると、ヒューマノイド・清白が礼をした。
「清白、お嬢さんに珈琲を差し上げてくれ」
清白は頷きサイフォンで珈琲を淹れ始めた。
「真吏さんはヒューマノイドは嫌いらしいが、なあに目をつぶって飲んでしまえば、味は変わらんさ」
志鳥は皿を食洗機の中へ放り込む。
「清白は鷹人と有秀の姉になるかな。後から姉ができるのも変な話だがな。おれにはアシスタント的な位置付けだ」
「姉さんか。悪くない」
有秀が顎を撫で、真吏は珈琲を淹れる清白を見つめた。
ヒューマノイド暴走事件を追っている自分が、ヒューマノイドに珈琲を淹れてもらっている。
何とも妙な気持ちが沸き上がるのだが、清白は無関係だ。
彼女には何の罪もない。