「渕脇はおれと同じ五十代だぞ。まあ悪い男ではないが。鷹人も、いい男だ」

唐突に出てきた青年の名前に、真吏は瞬きをする。

「そうですね。でも私は歳上が好きなので、齢下には興味はありません。だから彼は対象外です」

きっぱりと言い切る真吏はファザコン気質な所があるのだが、鷹人が気になることは本当だった。
仕事上の契約で短い時間だが成り立っていた
関係であるし、もう会うこともないだろう。

真吏が最後に付き合った男は三才年上の編集社の男だったが、二ヶ月で別れた。
仕事が忙しく休日も疲れて何もやる気がおきず、特に何もしていなかった。
余裕が出来て連絡を取った時には、向こうには既に自分より十才若い新しい恋人がおり、連絡するなと告げられたのである。

「男って勝手です。向こうから来たくせに、ちょっと連絡できないくらいで、別れるなんて」

真吏がため息をつく。

「男が勝手というより、それは真吏さんが無視してたからだろう。仕事が恋人だな」

確かに恋か仕事かと選択を迫られた場合、迷わず後者をとるだろう。
彼女は彼女なりの気楽な独身生活を満喫しているので苦にはしていないのだが、周囲の人間は結婚、という二文字をちらつかせてくる。
余計なお世話だと、真吏は思う。

「マスターは結婚は考えないんですか?」

志鳥の事情も訊きたかった。

「おれはフラれてばかりなんでね。もうあきらめた」

志鳥も渕脇も五十代独身であるが、ふたり共に結婚の二文字には縁がないようだ。

「実はね、おれは結婚していたことがあるんだよ」

未婚だと決めつけていた真吏は、その事実にコーヒーを吹き出す所だった。

「好きな人でね、憧れの女性だった。で、結婚できたんだけど、射止めたら満足しちゃったみたいでね」

結局うまく行かず別れたらしい。

「だからヒューマノイドですか」

志鳥はヒューマノイドを創作して満足していおり、何より鷹人と双子という養子がいるため、それ以上は望んでいないようだ。

「プラモデルとかフィギュアとか好きな奴はいるだろう?それと同じさ。そして薄暗い地下室に、秘密のラボがある。ロマンと恋心を感じるんだ」
「はあ。そういうものですか」

志の熱弁は真吏には伝わらなかったようだ。
志鳥は後片付けを始めた、気にはしていないようである。

「お嬢さんは若いし、まだまだ出会う機会も多い。家庭を築くことも悪くないんじゃないか?」
「マスターまでそんな話するんですか~?」

真吏が面白くなさそうにコーヒーカップに口をつけ飲み干す。