二十年前のAI暴走事件があった。
生き残りの当時二才の幼児を連れて、志鳥は研究室を辞め姿を消した。
あれから二十年になる。
今、目の前にいる青年くらいになっているはずだ。

「そういうことか」

カウンターの元同僚へ瞳を戻す。

「今さらながら支援するぞ、志鳥」

渕脇は珈琲代金ぶんの現金をテーブルに置くと、店から出て行った。

「喰えない奴だ。渕脇め」
「バーナ重工の社長」

鷹人が呟き、志鳥は頷く。

「おれも、おまえも。全てバーナで管理したい、というところだな」

コーヒーカップを受け皿ごと下げ、代金をレジに入れた。

「まあいいさ。こちらも利用してやる。これでボディーには困らんな」

志鳥は悪い気はしていないようだ。
品質とグレードは落とさずに高級路線を売りにしていく。
かつての同僚は研究所にいた頃と同じく、信念を持ち仕事に取り組んでいるようである。
その時、再びドアがけたたましく開き、血相を変えた真吏が店に飛び込んできたのである。
記事の掲載された雑誌をカウンターに放り投げる。

「今の、バーナ重工の社長ですよね!?」

渕脇忠行のアポイントを取る事は、難しい。
やっと取材に応じてもらえたが、時間は五分以内だった。

「ああ。チャンスだったのに」

さらに恨みがましく、呟く。
真吏はテレビで身代わりのヒューマノイドが映しだされていたのを知らないが、渕脇忠行を間違うはずがない自信がある。
真吏はヒューマノイドについて、渕脇に追及したかった。
研究室出身だというが物腰柔らかく、渋いイケメン親父だということを覚えている。
それきり取材の機会もなく、テレビの画面越しと紙面だけで見るだけだ。

「渕脇忠行社長。素敵ですよねえ」

真吏は渕脇忠行に憧れがある。
同年代にも社内の誰にもいない、男の深い魅力を感じるのだ。

「御曹司とジャーナリストの身分差の恋。焦がし焦がされる夢のような、恋愛がしたいです。ずっと私だけを好きでいてくれて、生まれ変わっても愛してくれて」

どことなく乙女のような反応をしている真吏に、志鳥が呟く。