バーナ重工株式会社の機密ヒューマノイドが行方不明になっていることが、表面化した。
出来れば内密に穏便に済ませたかった事態であったが、こうなってはすべてを明かさなければならない。
「バーナ重工業は、ヒューマノイドを横流ししていたのですか」
「勝部、朝霧両容疑者と友人同士というのは本当ですか」
「下請け企業に無理なノルマを課していた事実は?」
「答えて下さい、社長」
マスコミのマイクが渕脇に向けられている。
彼をかばうように専属秘書である葦澤攻が躯で壁を作っていたが、待機させておいた自動車に近づくと、それを制する。
「ノーコメントだ」
彼はそれだけ答えると運転手付きの自動車の後部座席へと、乗り込んだ。
「ご苦労なこった」
喫茶店の志鳥はテレビ画面に映る、かつての同僚を見やる。
店のドアが開き鈴が鳴る。
姿を現したのはひとりの中年男だった。
志鳥の瞳に一瞬の驚愕と、次にはため息と共に懐かしい笑みを浮かべる。
「渕脇」
「久しぶりだな。志鳥」
カウンター席に腰を下ろす。
テレビのスーツ姿ではなく、シンプルなシャツとパンツ姿である。
「ここは、ヒューマノイドの特殊電磁波をカットしている。変わった店だ」
「おまえはヒューマノイドじゃない、証明だな」
志鳥は皮肉げに返した。
テレビに映し出されていたのは彼の身代わりヒューマノイド、影武者である。
ヒューマノイドとはいっても知性は持たず、同じ言葉だけを繰り返す人形だ。
「うちの機密ヒューマノイドが盗まれたあげく壊されたとあって、社は大騒ぎだ。あれは紅、碧、蒼という三姉妹だったんだがな」
渕脇はカウンターで頬杖をつく。
「おまえだと思った」
「複製品なんだろう?あのヒューマノイドは」
渕脇は何も云わなかったが、表情が物語っている。
志鳥は眉を動かす。
「まさか独創品なのか」
「……うちの企業秘密が持ち出された上に、一般人に破壊された。事実を公表できるはずがないだろう」
ヒューマノイド開発には、いくつもの企業が協賛しており渕脇の責任が問われる。
彼に反発する人間は、こぞって責め立てるだろう。
それはそれで構わないのだが、あの古株たちに会社を思うようにされるのも面白くない。
「何年も何億もかけて開発したヒューマノイドを、いとも簡単に破壊されたが」
研究者あがりの興味が彼を掻き立てる。
「おれも製品開発には関わっている。軍事産業を潤すだけのヒューマノイドなどに、させたくない」
ヒューマノイドは彼にとっては自分の子供同然だ。
その子供が人を殺めたり破壊活動を行う目的になどなってほしくないのは当前のことだったが、会社の長としては芳しいとはいえない。
だから流出を見てみぬ振りをしたのかもしれない。
これが渕脇の本音のようだ。
渕脇は店内を見渡す。
老朽化が進み少々、時代錯誤なこのビルの地下には研究室がある。
「あのヒューマノイドは、あんたと研究所で働いていた頃の延長だ」
志鳥が研究していたものを渕脇が引き継いだだけだと、彼は云う。
「だが今はあんたは民間人だ。破壊された組織から培養再生されたとあれば、大問題になる」
「社長直々に、取り返しにきたのか」
「取り引きだ」
渕脇は悪戯っぽく志鳥を見る。
彼自慢のヒューマノイドを壊したのは、同僚が製作した物だと思っていたからなのだが。
「破壊したのは、あんたが創ったヒューマノイドか?それとも別口か?」
渕脇重工のヒューマノイドは国内の国防はもちろん、海外の軍事用にも輸出されている。
彼の秘書が云っていた通り、それ以上の性能の物が企業ではなく、民間に存在することが問題なのだ。
その時、再びドアが開き鈴が鳴る。
鷹人だ。
「君は」
二十年前のヒューマノイド暴走事件が渕脇の脳内を駆け巡る。