咎人と黒猫へ捧ぐバラード

「あれを出せ、勝部!」

朝霧が叫んだ。

「あの化け物を倒すには、あのヒューマノイドを出すしかない」
「し、しかし!」
「どうせ今さら返せんのだろう?使ってやる」

朝霧の形相に勝部は迷っていたが、二体のヒューマノイドを作動させた。
二基の培養装置の中から、それぞれ赤と緑の全身ボンデージを纏った二体の女型ヒューマノイドが姿を現す。
髪を高く結い上げ、端正な顔立ちに紅い唇。
二人とも同じ顔てある。

赤のヒューマノイドは鎖鎌|(くさりがま)、緑のヒューマノイドは両手に(くさび)を持っている。
真吏を襲ったヒューマノイドは青いボンデージで、手裏剣と日本刀を所有していた。

「あいつを殺せ。何が護衛屋だ。チンピラめ」

民間人を安全に導く警察官の身でありながら、物騒な台詞(セリフ)を朝霧が叫んだ。

「そうだ。おれは護衛をするだけだ。自分からは手出しはしない」

アキラルが手袋を固定する。
二体のヒューマノイドが左右から襲いかかる!

「火の粉を振り払うだけだ」

赤いヒューマノイドが鎖を投げつけアキラルの腕に絡みつける。
彼はそれを掴み引き摺り手繰りよせる。
間髪いれず刺青、緑のヒューマノイドが楔を突いてくる。

即座に飛んで交わし、掴んでいるいた鎖をその反動で振り上げた。
赤いヒューマノイドが緑のヒューマノイドに叩きつけられたが、受け身を取り即座に身を立て直す。
先ほどのヒューマノイドならば砕けていた攻撃だが、今回は耐えた。

「情報を共有している」

先に倒されたヒューマノイドの発信から、情報を共有しているようだ。
アキラルの動き、体術を攻略し攻撃を流している。
青年とヒューマノイドの攻防は平行線が続いている。





「高竹さん、大丈夫?」

いつの間にか自分の拘束具を外した有秀が、真吏の口輪を外す。

有秀(ありひで)君、どうやって」

有道は唇を前に突き出し人差し指をあてる。
どこに隠し持っていたのか、指のカフもナイフで切断する。

「静かに。後はアキラルに任せて避難しよう」
「そ、そうは、させるか」

勝部が立っていた。

「もう終わりだ。機動隊のヒューマノイドも、渕脇のヒューマノイドも、破壊された。おれの会社も人生も終わりだ」

震え噛みながらの台詞といい、血走った目付きといい、それが正常な状態ではない事が一目瞭然だ。
手には大きめのスパナを持っている。

「おじさん、落ち着いて。話し合えばわかるよ」

有秀は諭すように云ったが、逆効果だったらしい。
その視線の先には真吏がいる。

「そもそも、ジャーナリスト!お前が余計な記事を書いたからだ」

それを訊いた真吏は憤慨する。
毅然とした目付きで、勝部を真っ直ぐに見た。

「都合悪くなると、そうやって暴力で何もなかったかのようにする。子供をただ甘やかして、あなた自身も成長しなかった。駄々をこねる幼児と同じね」

隣で有秀の有道がアワアワと真吏の腕の服を掴むが、真吏は止めない。

「あなたなんかに負けない。私が死んだところで事実は変わらない。記事は載せる。あなたも終わりよ!」

勝部はスパナを高くかかげる。
有道が前に出て盾になろうとしたが、真吏はそれを突き飛ばしてはね除けた。
少年を身代わりになど出来ない。

「うるせえ、死ね!」
「高竹さん……!」

勝部が降りおろそうとした時、足元を黒い影が素早く横切る。
それは勝部に飛びかかると、手の甲に四本の深い引っ掻き傷を作った。

「ぎゃっ!?な、なんだ!猫!?」

黒い小さな影は一目散に離れた青年に駆け寄ると、足元から肩まで一気に駆け昇り、全身の毛を逆立て威嚇している。
鷹人が、そっと肩の猫に触れた。

「ついて来ていたのか」

途端に黒い子猫は尻尾をピンと立て、青年の掌や顔に身体を擦り、喉を鳴らしている。

「おまえは勇敢だな。礼を云う」

青年が撫でると子猫は誇らしげに、小さく鳴いた。
鷹人が気に入ったらしい。
彼の足元には二体のヒューマノイドが砕けていた。
既に知能チップもう回収してある。

「ぐう……!」

勝部は呻きながら手を抑え突っ伏した。
子猫だが爪は鋭く、深く裂けたようだ。
抑えた指の間から小さな蛇のように、赤い血が流れ落ちている。

戦闘用ヒューマノイドを破壊され、子猫に成敗された二人は戦意を喪失し、項垂れている。
それを見届け有秀が立ち上がる。

「僕らは先に帰るよ。一緒は目立つからね。高竹さん、キャラメルラテ、忘れないでね!」

バイバイ、と手を振ると軽い足取りで修理工場から出て行く。
残された真吏は座ったまま青年を見上げる。

「ありがとう。助かったわ……」

真吏が云った。

「依頼だからな」

青年は無表情だ。

ぶっきらぼうに話す青年に、真吏はクスリと笑う。

「あなたの猫なの?」

肩に乗っている黒猫を見つめた。
黒猫はアキラルの頬にすり寄って喉を鳴らしている。

「そういう訳では、ないんだが」

困惑気味に答える。
ヒューマノイドを破壊した時でさえ感情は動かなかったのに、青年は動揺していた。
真吏が手を伸ばすと黒猫は毛を逆立てて威嚇する。

「なんでよ?さっきは助けてくれたじゃない。性別は」
「オスだな」
「オスなのに、この私になびかないなんて」

真吏はそれなりにモテるし恋愛もしてきた。
だがそれは人間限定であるらしい。
その事情は青年の知るところではない。
真吏の無事を確認したアキラルは、培養液の液を抜くと自分の携帯型電話を回収する。
その間に真吏は立ち上がろうとしたが身体が動かない。
メモリを取り出したアキラルが、座りこんだままの真吏に再び近づく。

「大丈夫か」
「大丈夫なはずなんだけど……立てなくて」

怪我はないようだが腰を抜かしているようだ。
歩けない真吏に手をかけると、鷹人が軽々と肩に担ぎ上げる。

「きゃあ!?」
「あなたでも、そんな声が出るんだな」

鷹人は表情を崩さず、歩み始める。
真吏は顔を真っ赤にして身を震わせていた。
普通はお姫様抱っこじゃないのか。
私は米俵じゃない、と羞恥と怒り混乱が入り交じっている。

「おれを罵倒しないのか」
「するわ。とりあえず、有道くんと秀道くんを一緒に拐わせるなんて。何かあったらどうするつもりだったのよ!」

誘拐されるその前になんとかすれば良かった。
なぜ、そんな危険を伴わせたのか。

「確実な証拠を身を持って、知ることが出来ただろう?」

鷹人は歩みを止めないまま現場を録画した携帯型電話のメモリを、肩口に真吏の顔の前に差し出した。

「有道と秀道も目撃者だ」

青年の顔を見たかったが、背中と後頭部しか見ることが出来なかった。

「私の仕事も、考えてくれたの」

証拠が欲しいとぼやいていた事があった。
青年は答えるまでに、瞬き一回の時間を置いた。

「サービスだ。あなたにそう思ってもらえたら、いいが」
「追加料金なんて云わないでね」

いつの間にかアキラルのポケットの中に忍んだ黒猫が、瞳から上だけを覗かせ周囲をうかがっている。
二人と一匹は青年に連れられて修理工場の外に出ると、夜明けの太陽が笑顔のような朝陽で迎えてくれた。

何だろう。
真吏はどこか懐かしい感覚に陥る。
ずいぶん前に似たような事があったような気がするのだ。
そんなはずはないのに。
夢の既視感(デジャブ)だろうか。

担がれたまま、真吏が口を開く。

「ねえ。あなたの名前を教えて?」
「鷹人(たかひと)」

その光の中へ姿を消した入れ違いに、修理工場の騒ぎを不振に思った通行人が通報し、到着した警官が突入する。


とりあえず真吏の護衛の件は解決に至ったようだ。




無事、自分の記事が掲載された真吏は、その雑誌を持って喫茶店を訪れていた。
天井付近に設置されたテレビでは、真吏の記事を元にした事件として、ワイドショーで取り扱っている。

なぜ渕脇重工からヒューマノイドを流出させたのか。
テレビではそれを説明している。
ここ数年、勝部の修理工場は受注が減っており経営難に陥っていた。
それに加え身内の不祥事を真吏に暴かれ、これな世間に曝されれば営業停止にまで追い込まれる可能性があった。
そんなときにヒューマノイドの流出、それを別の企業に売却する予定であったのだ。

これは朝霧は知らない。
あくまで自衛のためだと言い張っていた勝部だが、売却した後はそれを一人じめして家族も工場も全てを捨て、新しい土地で愛人と生活していくつもりだったらしい。
そしてヒューマノイドを流出の手引きをしたであろう人物は、不明のままだ。

だが店内で交わされていたのは雑誌でもテレビの内容ではなく、店主の話題だった。

「マスターが科学者だったなんて」

真吏がため息混じりに口を開く。

「隠していたわけじゃない。云う必要はないと思っていたんだ。昔の話だからな」
「渕脇社長と、同級生だったなんて」

怨みがましく真吏は食い下がる。
というのも、真吏が店を訪れる少し前である。


バーナ重工株式会社の機密ヒューマノイドが行方不明になっていることが、表面化した。
出来れば内密に穏便に済ませたかった事態であったが、こうなってはすべてを明かさなければならない。

「バーナ重工業は、ヒューマノイドを横流ししていたのですか」
「勝部、朝霧両容疑者と友人同士というのは本当ですか」
「下請け企業に無理なノルマを課していた事実は?」
「答えて下さい、社長」

マスコミのマイクが渕脇に向けられている。
彼をかばうように専属秘書である葦澤攻が躯で壁を作っていたが、待機させておいた自動車に近づくと、それを制する。

「ノーコメントだ」

彼はそれだけ答えると運転手付きの自動車の後部座席へと、乗り込んだ。

「ご苦労なこった」

喫茶店の志鳥はテレビ画面に映る、かつての同僚を見やる。
店のドアが開き鈴が鳴る。
姿を現したのはひとりの中年男だった。
志鳥の瞳に一瞬の驚愕と、次にはため息と共に懐かしい笑みを浮かべる。

「渕脇」
「久しぶりだな。志鳥」

カウンター席に腰を下ろす。
テレビのスーツ姿ではなく、シンプルなシャツとパンツ姿である。

「ここは、ヒューマノイドの特殊電磁波をカットしている。変わった店だ」
「おまえはヒューマノイドじゃない、証明だな」

志鳥は皮肉げに返した。
テレビに映し出されていたのは彼の身代わりヒューマノイド、影武者である。
ヒューマノイドとはいっても知性は持たず、同じ言葉だけを繰り返す人形だ。

「うちの機密ヒューマノイドが盗まれたあげく壊されたとあって、社は大騒ぎだ。あれは(べに)(へき)(そう)という三姉妹だったんだがな」

渕脇はカウンターで頬杖をつく。

「おまえだと思った」
複製品(レプリカ)なんだろう?あのヒューマノイドは」

渕脇は何も云わなかったが、表情が物語っている。
志鳥は眉を動かす。

「まさか独創品(オリジナル)なのか」
「……うちの企業秘密が持ち出された上に、一般人に破壊された。事実を公表できるはずがないだろう」

ヒューマノイド開発には、いくつもの企業が協賛しており渕脇の責任が問われる。
彼に反発する人間は、こぞって責め立てるだろう。
それはそれで構わないのだが、あの古株たちに会社を思うようにされるのも面白くない。

「何年も何億もかけて開発したヒューマノイドを、いとも簡単に破壊されたが」

研究者あがりの興味が彼を掻き立てる。

「おれも製品開発には関わっている。軍事産業を潤すだけのヒューマノイドなどに、させたくない」

ヒューマノイドは彼にとっては自分の子供同然だ。
その子供が人を殺めたり破壊活動を行う目的になどなってほしくないのは当前のことだったが、会社の長としては芳しいとはいえない。
だから流出を見てみぬ振りをしたのかもしれない。
これが渕脇の本音のようだ。
渕脇は店内を見渡す。
老朽化が進み少々、時代錯誤なこのビルの地下には研究室がある。

「あのヒューマノイドは、あんたと研究所で働いていた頃の延長だ」

志鳥が研究していたものを渕脇が引き継いだだけだと、彼は云う。

「だが今はあんたは民間人だ。破壊された組織から培養再生されたとあれば、大問題になる」
「社長直々(じきじき)に、取り返しにきたのか」
「取り引きだ」

渕脇は悪戯っぽく志鳥を見る。
彼自慢のヒューマノイドを壊したのは、同僚が製作した物だと思っていたからなのだが。

「破壊したのは、あんたが創ったヒューマノイドか?それとも別口か?」

渕脇重工のヒューマノイドは国内の国防はもちろん、海外の軍事用にも輸出されている。
彼の秘書が云っていた通り、それ以上の性能の物が企業ではなく、民間に存在することが問題なのだ。
その時、再びドアが開き鈴が鳴る。
鷹人だ。

「君は」

二十年前のヒューマノイド暴走事件が渕脇の脳内を駆け巡る。
二十年前のAI暴走事件があった。
生き残りの当時二才の幼児を連れて、志鳥は研究室を辞め姿を消した。
あれから二十年になる。
今、目の前にいる青年くらいになっているはずだ。

「そういうことか」

カウンターの元同僚へ瞳を戻す。

「今さらながら支援するぞ、志鳥」

渕脇は珈琲代金ぶんの現金をテーブルに置くと、店から出て行った。

「喰えない奴だ。渕脇め」
「バーナ重工の社長」

鷹人が呟き、志鳥は頷く。

「おれも、おまえも。全てバーナで管理したい、というところだな」

コーヒーカップを受け皿ごと下げ、代金をレジに入れた。

「まあいいさ。こちらも利用してやる。これでボディーには困らんな」

志鳥は悪い気はしていないようだ。
品質とグレードは落とさずに高級路線を売りにしていく。
かつての同僚は研究所にいた頃と同じく、信念を持ち仕事に取り組んでいるようである。
その時、再びドアがけたたましく開き、血相を変えた真吏が店に飛び込んできたのである。
記事の掲載された雑誌をカウンターに放り投げる。

「今の、バーナ重工の社長ですよね!?」

渕脇忠行のアポイントを取る事は、難しい。
やっと取材に応じてもらえたが、時間は五分以内だった。

「ああ。チャンスだったのに」

さらに恨みがましく、呟く。
真吏はテレビで身代わりのヒューマノイドが映しだされていたのを知らないが、渕脇忠行を間違うはずがない自信がある。
真吏はヒューマノイドについて、渕脇に追及したかった。
研究室出身だというが物腰柔らかく、渋いイケメン親父だということを覚えている。
それきり取材の機会もなく、テレビの画面越しと紙面だけで見るだけだ。

「渕脇忠行社長。素敵ですよねえ」

真吏は渕脇忠行に憧れがある。
同年代にも社内の誰にもいない、男の深い魅力を感じるのだ。

「御曹司とジャーナリストの身分差の恋。焦がし焦がされる夢のような、恋愛がしたいです。ずっと私だけを好きでいてくれて、生まれ変わっても愛してくれて」

どことなく乙女のような反応をしている真吏に、志鳥が呟く。
「渕脇はおれと同じ五十代だぞ。まあ悪い男ではないが。鷹人も、いい男だ」

唐突に出てきた青年の名前に、真吏は瞬きをする。

「そうですね。でも私は歳上が好きなので、齢下には興味はありません。だから彼は対象外です」

きっぱりと言い切る真吏はファザコン気質な所があるのだが、鷹人が気になることは本当だった。
仕事上の契約で短い時間だが成り立っていた
関係であるし、もう会うこともないだろう。

真吏が最後に付き合った男は三才年上の編集社の男だったが、二ヶ月で別れた。
仕事が忙しく休日も疲れて何もやる気がおきず、特に何もしていなかった。
余裕が出来て連絡を取った時には、向こうには既に自分より十才若い新しい恋人がおり、連絡するなと告げられたのである。

「男って勝手です。向こうから来たくせに、ちょっと連絡できないくらいで、別れるなんて」

真吏がため息をつく。

「男が勝手というより、それは真吏さんが無視してたからだろう。仕事が恋人だな」

確かに恋か仕事かと選択を迫られた場合、迷わず後者をとるだろう。
彼女は彼女なりの気楽な独身生活を満喫しているので苦にはしていないのだが、周囲の人間は結婚、という二文字をちらつかせてくる。
余計なお世話だと、真吏は思う。

「マスターは結婚は考えないんですか?」

志鳥の事情も訊きたかった。

「おれはフラれてばかりなんでね。もうあきらめた」

志鳥も渕脇も五十代独身であるが、ふたり共に結婚の二文字には縁がないようだ。

「実はね、おれは結婚していたことがあるんだよ」

未婚だと決めつけていた真吏は、その事実にコーヒーを吹き出す所だった。

「好きな人でね、憧れの女性だった。で、結婚できたんだけど、射止めたら満足しちゃったみたいでね」

結局うまく行かず別れたらしい。

「だからヒューマノイドですか」

志鳥はヒューマノイドを創作して満足していおり、何より鷹人と双子という養子がいるため、それ以上は望んでいないようだ。

「プラモデルとかフィギュアとか好きな奴はいるだろう?それと同じさ。そして薄暗い地下室に、秘密のラボがある。ロマンと恋心を感じるんだ」
「はあ。そういうものですか」

志の熱弁は真吏には伝わらなかったようだ。
志鳥は後片付けを始めた、気にはしていないようである。

「お嬢さんは若いし、まだまだ出会う機会も多い。家庭を築くことも悪くないんじゃないか?」
「マスターまでそんな話するんですか~?」

真吏が面白くなさそうにコーヒーカップに口をつけ飲み干す。





店のドアが勢いよく開いた。
リュックをしょった、白髪の少年である。

「ただいまー!……あれ高竹さん。また何か事件?」

有秀が真吏の隣に座り、リュックをカウンター椅子に置いた。

「そういうわけじゃないわ。報告に来ただけ」
「あいつに会いに来たんだろう?」

どうやら有道から秀道に変わったらしく、意地悪い笑みを浮かべている。

「会いにって、誰に?」
「アキラル。鷹人だ」
「何でよ?確かに綺麗な素敵な子だとは、思うけど……」

志鳥にも今しがた似たような事を云われた真吏は、怪訝な表情を浮かべる。
青年との接点。
直ぐさま、肩に担がれた状況を思い出す。
年甲斐もなく顔を赤面させた。
一応、女ではあるし、あれは恥ずかしい。

「顔が赤いぞ」
「残念だけど違うわ。あとね、云わせてもらうけど。うるさいのよ、あなたは!かわいいアル君に変わりなさい」
「やだね。今から飯だ」
「お子さまランチ、オーダーしてあげようか?」
「あんたはそれの大盛りだろう?」

大人げなく一回り以上年下の学生と、視線の火花を散らす。

「でもね。鷹人君に会いたいのは、あるかな。既視感(デジャブ)を感じるのよね、あの子」

奥の厨房から背の高いスレンダーな黒髪の女性が姿を現した。
腕に縫合したような傷があり、それに真吏は見覚えがあった。

「その傷。その腕……まさか、私を襲ったヒューマノイド!?」

真吏が立ち上がる。
パニックになりかけた真吏を志鳥が手で優しく制する

「大丈夫だ、お嬢さん。こいつの攻撃性とコントロールを外した。おれたちに危害を加えることはない」

長い艶のある黒髪を高い位置で一本に纏め上げ、計算され尽くした顔に、減り張りのある美しい肢体。
切れ長の瞳に長い睫毛、赤い唇。
最新の培養技術で復元されたボディは手触りも何ら人間と変わりはない。
真吏を襲った時は全身をボンデージで隠されていて素顔が見えなかったが、美しいヒューマノイドだ。

「アシスタントが欲しかったんでね。名前はスズシロだ」

これを人形と呼ぶには、いささか無理を感じる。
そのくらい完璧なヒューマノイドだ。

「これぞ男のロマンだな」

志鳥がヒューマノイドを満足げに眺める。
鷹人が回収した三個の頭脳チップデータを一つに統一し、造り直した一品だ。

「スズシロ?」
「はい。漢字で書くと清白。春の七草のひとつ、大根という意味です」

真吏の疑問に、清白が表情を崩さずに答える。

「マスター。大根って名付けたんですか」
「大根は好きだ。あのボディラインといい質感といい。官能的に悩ましい野菜のひとつだと思うんだが」
「トマトにでもほうれん草にでも、欲情してて下さい」

野菜変態、と最後は声に出さずに真吏は呟き呆れ顔だ。

本当の名付け理由は三原色の融合体だから白、清い白だから清白(スズシロ)とそのまま名付けただけなのだが、志鳥は黙っていることにした。
その方が面白い。
志鳥が合図すると、ヒューマノイド・清白が礼をした。

清白(スズシロ)、お嬢さんに珈琲を差し上げてくれ」

清白は頷きサイフォンで珈琲を淹れ始めた。

「真吏さんはヒューマノイドは嫌いらしいが、なあに目をつぶって飲んでしまえば、味は変わらんさ」

志鳥は皿を食洗機の中へ放り込む。

清白(スズシロ)鷹人(たかひと)有秀(ありひで)の姉になるかな。後から姉ができるのも変な話だがな。おれにはアシスタント的な位置付けだ」
「姉さんか。悪くない」

有秀が顎を撫で、真吏は珈琲を淹れる清白を見つめた。
ヒューマノイド暴走事件を追っている自分が、ヒューマノイドに珈琲を淹れてもらっている。

何とも妙な気持ちが沸き上がるのだが、清白は無関係だ。
彼女には何の罪もない。