「高竹さん、大丈夫?」
いつの間にか自分の拘束具を外した有秀が、真吏の口輪を外す。
「有秀君、どうやって」
有道は唇を前に突き出し人差し指をあてる。
どこに隠し持っていたのか、指のカフもナイフで切断する。
「静かに。後はアキラルに任せて避難しよう」
「そ、そうは、させるか」
勝部が立っていた。
「もう終わりだ。機動隊のヒューマノイドも、渕脇のヒューマノイドも、破壊された。おれの会社も人生も終わりだ」
震え噛みながらの台詞といい、血走った目付きといい、それが正常な状態ではない事が一目瞭然だ。
手には大きめのスパナを持っている。
「おじさん、落ち着いて。話し合えばわかるよ」
有秀は諭すように云ったが、逆効果だったらしい。
その視線の先には真吏がいる。
「そもそも、ジャーナリスト!お前が余計な記事を書いたからだ」
それを訊いた真吏は憤慨する。
毅然とした目付きで、勝部を真っ直ぐに見た。
「都合悪くなると、そうやって暴力で何もなかったかのようにする。子供をただ甘やかして、あなた自身も成長しなかった。駄々をこねる幼児と同じね」
隣で有秀の有道がアワアワと真吏の腕の服を掴むが、真吏は止めない。
「あなたなんかに負けない。私が死んだところで事実は変わらない。記事は載せる。あなたも終わりよ!」
勝部はスパナを高くかかげる。
有道が前に出て盾になろうとしたが、真吏はそれを突き飛ばしてはね除けた。
少年を身代わりになど出来ない。
「うるせえ、死ね!」
「高竹さん……!」
勝部が降りおろそうとした時、足元を黒い影が素早く横切る。
それは勝部に飛びかかると、手の甲に四本の深い引っ掻き傷を作った。
「ぎゃっ!?な、なんだ!猫!?」
黒い小さな影は一目散に離れた青年に駆け寄ると、足元から肩まで一気に駆け昇り、全身の毛を逆立て威嚇している。
鷹人が、そっと肩の猫に触れた。
「ついて来ていたのか」
途端に黒い子猫は尻尾をピンと立て、青年の掌や顔に身体を擦り、喉を鳴らしている。
「おまえは勇敢だな。礼を云う」
青年が撫でると子猫は誇らしげに、小さく鳴いた。
鷹人が気に入ったらしい。
彼の足元には二体のヒューマノイドが砕けていた。
既に知能チップもう回収してある。
「ぐう……!」
勝部は呻きながら手を抑え突っ伏した。
子猫だが爪は鋭く、深く裂けたようだ。
抑えた指の間から小さな蛇のように、赤い血が流れ落ちている。
戦闘用ヒューマノイドを破壊され、子猫に成敗された二人は戦意を喪失し、項垂れている。
それを見届け有秀が立ち上がる。
「僕らは先に帰るよ。一緒は目立つからね。高竹さん、キャラメルラテ、忘れないでね!」
バイバイ、と手を振ると軽い足取りで修理工場から出て行く。
残された真吏は座ったまま青年を見上げる。
「ありがとう。助かったわ……」
真吏が云った。
「依頼だからな」
青年は無表情だ。