渕脇忠行(ふちわき ただゆき)は、バーナ重工株式会社の取締役社長だ。
五十代に突入したばかりだが引き締まった肉体と若々しい見た目を保っており、年齢よりは若く見える。
父親である渕脇光展(ふちわき みつのぶ)は会長を務めており、忠行は由緒正しき御曹司だ。
彼が社長に就任したのは十年前。
四十才の時である。
大学院を卒業後、彼はヒューマノイド開発の民間企業に身を置いていたのたが、老境に入った父親からある日、家に呼び戻された。
忠行はヒューマノイド開発の研究に没頭していたし、帰る意思はないと思われていた。
本人もそうであったに違いない。
しかし光展は死の間際、重役や弁護士が見守る中で宣言したのだ。
「全ての権限と会社は忠行に引き継ぐ」
と。
正に青天の霹靂であったが、忠行はそれを引き受けた。
そして兼ねてから思っていた事を実行した。
父親は就任記念だなんだと事あるごとに大々的にパーティーをやりたがったのだが、息子である忠行はそれらを「悪しき風習」と一蹴し、代わりに従業員全てに特別手当てを支給したのだ。
彼の改革は若者と部下に絶大な支持を獲たが、父親の世代からの古株には煙たがられ、創業当時からの取り引き先からも去っていったが彼は気にも留めなかった。
むしろ頭の硬い輩を切り捨てられて都合が良かったと、ほくそ笑んだ。
研究室上がりの凡人と思われた彼だが、会社を起こした曾祖父からビジネスの才能を譲り受けたらしく頭角を現し、すでに新しい取り引き先を見つけ彼なりのビジネスを築きあげていたからである。
古株の昔ながらのやり方は世代交代した企業には通じず、渕脇忠行が泣きついて土下座するはずが結局は彼にすがることとなり、結果、さらに吸収合併を繰り返すことになり大企業に成長していった。
高層ビルの最上階。
摩天楼を背後に社長室のデスクに向かっていた渕脇は秘書の報告を受けていた。
中背で細身のパンツスーツ姿の若い人物が立っている。
ショートカットの髪がよく似合う一見、中性的で女性のように見えるが、彼は男だ。
名前を葦澤攻(あしざわ おさむ)という。
「ヒューマノイドが破壊されたのか」
渕脇が愉快そうに笑う。
数々の女性を虜にしてきた笑顔だ。
しかし彼の専属秘書にはそれは通じない。
「笑いごとではありません。複製品とはいえ性能は同じものです。あの最高ランクが破壊されたということは、それ以上の力があるということですよ。戦争になります。それに、臣吾さまも」
口調を強める秘書に渕脇は苦笑するが、次には眼光に鋭いものを含ませると、秘書は怯んだ。