「アル。お客様を困らせるんじゃない」
店内から白い珈琲カップの乗ったトレーを腕に乗せた長身の男が現れた。
「僕は志鳥(しどり)。ここの経営者で、こいつらの保護者だ」
年齢は五十代前半。
身長は一八十センチくらいの長身。
切れ長だがやや目尻下がりの垂れた瞳が優しく笑っている。
一見、温和だが、どこかふてぶてしい雰囲気のこの男は志鳥徳恒(しどり のりつね)という。
白いシャツに黒いエプロンをかけている。
「アキラルには伝えておく」
「受付は、ぼくの当番なのに」
「おまえたちが、悪ふざけするからだろう」
真吏は心の中で首を傾げる。
先ほども志鳥が「こいつら」と云い、今も「おまえたち」と云ったからだ。
「あーあ。今日は天気がいいから眠くなるね」
アルがあくびをする。
真吏の疑問は弾け、もはや怒る気にもなれずコーヒーカップに口を付けた。
「ヒューマノイドを使った襲撃。キリがないな」
少年が足を組み真吏は顔を少年に向ける。
先ほどまでの柔らかい少年とは、雰囲気が違う。
「人間になれない、人間もどきも大変だ」
テーブルの前に置かれていたキャラメルラテを嫌そうに手で遠ざける。
「甘いものは嫌いだ」
「珍しいなヒド。昼間は寝ていることが多いのに」
「有道(ありみち)がうるさいからだ。志鳥さん、おれに無糖の炭酸水」
「はい、はい」
志鳥がやれやれとキッチンに向かう。
「あなた……?」
顔形は同じだが明らかに違う別人だ。
まじまじと少年を眺める真吏に、少年は憮然としている。
「二重人格じゃない。おれと有道は別の脳だ。身体がひとつなだけだ。兄の有道に主導権がある。まあ、おれも活動はできるが」
頭にいくつもの疑問符を浮かべている真吏に、厨房から顔を出した志鳥が苦笑する。
「信じられないかもしれないが、有道(ありみち)と秀道(ひでみち)は双子だ」
アルこと有秀は二つの脳を持っているという。
ひとつは自分のだが、もうひとつは双子の弟のもので名前は秀道といい、胎内で融合した寄生胎児である。
産まれる前に身体は失った有道だが、脳だけは成長し秀道の脳と共に成長を続けていると志鳥が云った。
見た目は普通の人間と変わらない。
陽気な有道とは違い、秀道はどこか毒とトゲのある少年だった。
有道と秀道がひとつの躯を共有しているという。
「二人はそれぞれが同じで存在する鏡像体だ。登録名は《有秀となっているが有道と秀道だ。アルとヒドと呼んでいる。云いやすいだろう?」
志鳥が説明したが、その間に秀道は不機嫌さが増す。
「飲み物」
「わかった、わかった。くれぐれも依頼人を怒らせるなよ」