「ばーちゃ!!」

 友里《ゆり》を保育園に迎えに行くと、満面の笑顔で駆け寄ってきた。なぜなら今日は、義母が一緒だから。

「友里ちゃーん! 会いたかったわよー!!」

 義母も友里に駆け寄る。そして二人は、ひしと抱き合った。祖母と孫、感動の再会。

「おとまり?」

「ええ、泊まるわよ」

「あしたも?」

「いるわよ」

 義母の返事に、友里は満足そうにうなずいた。頬がピンク色に染まる。

 義母は博多に住んでいるのだが、我が家に緊急事態が発生すると上京し、手伝ってくれる。今週は妻の理世《りよ》が出張で不在なので、そのヘルプだ。

「お義母さん、自宅の合鍵、持ってます?」

「うん、大丈夫」

「じゃあ僕は、申し訳ありませんが仕事に戻るので、夕食は友里と二人で適当に食べていてもらえますか。なるべく早く帰るようにするので」

「いいわよ、私がいるときくらい時間を気にしないで。晩ごはん、どうしようかしら? 作り置きはないって理世が。ごめんなさいね、いたらない娘で」

「いえ、そんな……」

 答えに詰まっていると、友里が口を出した。

「かれー、たべたい。ばーちゃのかれー、おいちい」

「あら! この間来た時に作ったの、覚えててくれたの⁉ 嬉しいわー。じゃ、決まりね。スーパーに寄って帰りましょ、友里ちゃん」

「あい!」

 手をつないで去っていく二人の後ろ姿は、うきうきと弾んでいた。



 妻の不在中に義母に泊まってもらうのは、正直、最初は抵抗があった。気まずいと思った。だが義母は、こちらが感じている居心地の悪さを気にする様子もなく、マイペースに友里の相手をし、食事を作ってくれた。何回か来てもらううちに俺もすっかり慣れ、今では友里の世話をほぼ任せっきりだ。


 帰宅したのは、午前零時を回っていた。キッチンに行くと、食卓の上にメモが一枚。

「カレーを作りました。冷蔵庫にお鍋ごと入れてあります。
 左は普通のカレー、右は友里ちゃん用のトマトカレーです。
 おなかが空いていたら、温めてどうぞ」

 二種類も作るとは――。思わず理世に電話した。

「理世? 起きてた?」

「うん。どうしたの、こんな時間に。何かあった?」

「お義母さんがカレーを二種類作ってた。もしかして、俺に気を遣ったのかな」

「……大人用と子供用ってこと? 昔からそうよ。兄たちの家族が遊びに来ると、よくそうしてた」

「そうなんだ」

「驚いたの?」

「ああ。ごめん、夜中に。おやすみ」

 余計なことを話しそうだったので、急いで電話を切った。



「カレーは作りたくないわ。だって、うちでカレーが好きなの、和哉だけなんだもの。お鍋洗うの、すごく面倒で嫌なの」

 あれは十歳くらいのことだったと思う。「カレーが食べたい」と言った俺に対し、母がこう応えたのを鮮明に覚えている。ひどく屈辱的な気持ちになった。



「おとうしゃん、あさー」

 ソファで眠っていた俺を、友里が起こしに来た。ニヤニヤしている。

「どうした、友里? なにかいいことあったか?」

「あったよー。でも、ひみちゅ」

 友里がくすくすと笑う。楽しそうで、何よりだ。

 食卓に向かうと、義母が朝食を並べ終えたところだった。

「和哉さん、ごめんなさいね。ソファで寝かせちゃって」

「いえ、気にしないでください」

 この部屋は1LDKなので、義母にベッドを使ってもらうと、必然的に俺はソファで眠ることになる。もっと広い部屋に引っ越せばいいのだが、忙しくてなかなかできない。

 朝食は、もちろん残りのカレー。友里の前には、見慣れない皿が置かれている。白地に、葉の模様の縁取り。「いいこと」はこれか。

「お皿、おばあちゃんにもらったのか?」

「あい」

「いいことって、これだな?」

「もっとある。まだひみちゅ」

「ごめんなさいね。お皿、勝手に。かわいかったからつい買っちゃったの」

「いえ、こちらこそ頂いてばかりですみません。ちょうどこの間、お気に入りの一枚を割ったばかりで……代わりを買いに行く時間が取れなくて。助かります。ありがとうございます」

 義母はきっと、友里から話を聞いたのだろう。それで、友里が喜びそうな皿を買ってくれたのだ。

「他にも何か頂いたんでしょうか。『まだ秘密がある』と」

「プレゼントはこのお皿だけ。秘密はね、もうちょっとしたらわかるわよ」

 義母が言うと、友里がにっこり笑った。食べ進む様子を眺めていると、やがて最後の一口になった。

「とりさん こんにちは」

 そういうと友里は、皿の端に残っていたカレーをスプーンですくった。するとその下から、水色の小鳥が一匹、現れた。

「ぜんぶ たべると あえるのよー」

 友里の顔が幸せそうに、ほころんだ。

「小鳥、いい位置に描いてあるでしょう? 最後まで楽しく食べさせるための工夫ね」

 義母も微笑んだ。

 義母は常に、友里の気持ちに寄り添っている。その様子を見ていると、自分に欠けている部分が満たされるような、ずっと探していた答えを見つけたような、そんな気持ちになる。


(了)