その夕刻──。
ボクは、漸く独りになる事が出来た。
屋敷の西側にある客室を充てがわれ、少ない荷物が運び込まれる。

今夜から暫くの間、この部屋がボクの棲家となるらしい。

 甲本邸は、驚く程広かった。
屋敷は『東の対』『西の対』『母屋』と、三つの建物から成っている。

大広間のある母屋を挟んで、その東西に対屋(タイノヤ)と呼ばれる建物が配されているのだ。

渡殿(ワタドノ)という長い回廊が、此れ等を繋ぎ、屋敷は左右対象の妙を魅せている。

『東の対』は当主の私室。
『西の対』は主に、親族達の私室や客室として使われていた。

厨房は各対屋に一つずつ設けてあり、各々に専属の調理師がいる。

 他にも、道場や書庫や蔵などが在るのだそうだが…見取り図を見ても、位置関係が良く解らなかった。

屋敷周りの小さな施設も含めれば、敷地面積は凡そ二万坪にも及ぶ。

庭だけでも、大小併せて四つあると言うから、驚きじゃないか。

 一体、此処は何なのだろう?

邸内には、ボクでも知っている様な、銘のある骨董品が、惜し気も無く飾られているし…屋敷そのものも、重要文化財並みに古くて格式が高い。

 中でも、一番目を惹く特徴は、やはり、三つの建物をグルリと取り巻く回廊だ。

その下には鑓水(ヤリミズ)が廻され、サラサラと心地好い水音を響かせている。

これは確か、寝殿造りと呼ばれる建築様式だ。まるで京都の文化財を、そのまま移築した様である。

 厳かな、和の設え。
微かなせせらぎを聞きながら…ボクは、西の対屋の一室で空を見ていた。

 時刻は午後六時半──。
窓から見上げる麗月が、東の空を明るく照らしている。

その一方で。
西空には未だ、真っ赤に熟れた夕陽が留まり、山際に仄かな残照を投げ掛けていた。

まるで、昼と夜とが攻めぎ合っているように見える。

蜩の鳴き声。
轟く遠雷。
夏の涼風が、通りすがりに風鈴を揺らして吹き抜けて行く。

烏の群れが慌ただしく翔び去って行く様子を眺めながら、ボクは思わず呟いた。

「あぁ………疲れた…」

本当に、その一語に尽きる。
昼間の一件からこっち、あまりにも色々な事がありすぎて、全く気の休まる暇が無かった。