自室に居ても落ち着かないので、ボクは、中庭の庵──翡翆庵(ヒスイアン)に身を潜めた。

昨夜、祐介と呑み明かした其処は、卓袱台(チャブダイ)や酒器の類いも綺麗に片付けられていて、ひっそりと秋の西陽に照らされている。

青畳の上にゴロリと寝転びながら──ボクは、緑の小袋をソッと取り出した。

「どうすれば良いと思う、親父?」

久し振りに、親父の遺骨に語り掛けてみる。
だけど、乾いた白い欠片は、何も答えてはくれない。

 開け放たれた丸窓の外では、染まり始めた紅葉の葉が、夕暮れの風にサワサワと心地好く揺れていた。

ボクはまた、無意識に独りごちる。

「教えてあげたいのは山々だけど、ボクは師範でも…況してや、当主でも無いんだ。中途半端に技を伝授しちゃいけないよね?? ボクは、間違っていないよね?」

 何度訊ねても、答えは得られない。
親父は、成仏してしまったのだ。
もう、この世には居ない…。

 充分承知していたつもりだったが、いざ沈黙を返されると、それが少しだけ悲しく思えた。

自堕落な気分で、ボクはうとうと眼を閉じる──すると。

「こら。」

 不意にピン!と額を指で弾かれた。
驚いて見開いた視界一杯に、端正な顔が映り込む。

「あ…祐介?」

 ──見れば。傍らに立て膝を着いた祐介が、ボクを繁々と覗き込んでいた。綺麗な眉を僅かに顰めている。

「何度云えば解るのかな、キミは?だからね、その『無意識に』呼び掛ける癖を直しなさいって言っているんだよ。そうでなくても、キミは『引き』が強いんだから。」

 …そうだった。

ボクはこんな風にして、親父の『骨』に『魂』を縛り付けてしまったんだっけ。

 気を付なくてはと思っていたのに──。
又、当たり前の様に語り掛けている。

 小さな反省と共に、ゆるゆる身を起こして座り直せば、祐介も、きちんと膝を折って、徐(オモムロ)にボクと対座した。

「お帰りなさい、祐介。その…大丈夫だった?」

「何が?」
「だから、その…二日酔い、とか?」

 ボクの言葉に、祐介はくすりと笑みを履(ハ)いて言う。

「二日酔いはキミだろう?僕は、そんなヘマはしないよ。大丈夫だったかい??」

「うん、平気。お風呂に入ったら治っちゃった。」

 そう言って苦笑すると──突然。

「ちょっと、良いかな。」

 …と。祐介の冷たい手が伸びて来て、ボクの額に置かれた。