クロへの気持ちを自覚してから二日が過ぎ、七月も二週間が終わろうとしていた。
一学期は残り一週間ほどで、それまでずっと午前中しか授業がないことは嬉しかったし、夏休み目前のこの時期は毎年心が弾んでいたけど……。

「ちーちゃん、元気ないね。なにかあった?」

今の私は、仲良くなったばかりの中野さんにもバレてしまうくらい沈んだ顔をしていて、朝からため息が止まらなかった。


「ううん」と否定したけど、それが嘘だというのは見え見えだっただろうし、堀田さんも怪訝そうにしている。
ただ、ため息の原因は最近話すようになったばかりのふたりに打ち明けられるようなことではないから、笑顔でごまかすしかなかった。


「ちーちゃん、無理してない? 中ちゃんの言う通り、元気ないじゃん」
「本当になんでもないの。ちょっと寝不足で」
「そっか。でもさ、もしなにかあったら聞くからね。私たち、もう友達なんだし」
「うん、遠慮しないでね」


笑顔を見せた堀田さんに、中野さんも共感するように頷いた。
まともに話すようになってまだたったの二日なのに、“友達”と言ってもらえることがくすぐったい。
だけど、本当に嬉しくて、今度は自然と素直な笑みが零れていた。
まだ堀田さんと中野さんのように話題を提供したりはできないけど、この二日間で随分と話せるようにはなったと思う。
クロと接していたことが練習代わりになったのもあるだろうけど、一昨日も昨日も彼女たちがグループLINEにメッセージをくれて、寝る前の三十分はずっと話をしていた。
次々とメッセージをくれるふたりの会話に付いていくのは大変だったけど、メッセージやスタンプが送られてくるたびに嬉しくなって、気がつけばツキとの会話もそこそこに楽しんでしまった。


「そういえば、今度ちーちゃん家に遊びに行ってもいい?」
「えっ? ……うちに?」
「うん! ツキちゃんに会いたくて!」
「私もほっちゃんも猫が好きなんだけど、うちはお父さんが動物苦手で、ほっちゃんは弟が猫アレルギーだから飼えなくて」


突然そんなことを言われて驚いたけど、そういえばLINEでツキの写真が見たいと頼まれて何枚か送った時、ふたりのテンションが上がって『可愛い』という言葉を繰り返していたことを思い出した。


「それに、ちーちゃんとももっと話したいし」


ツキに会いたいと言われただけでも嬉しかったのに、中野さんからそんな言葉を掛けてもらえてさらに笑顔になり、断る理由なんてひとつもなかった──。


「どうしよう、ツキ! 明日、堀田さんと中野さんが遊びにきてくれることになったの!」


帰宅早々、部屋に走ってドアを開けた私は、『ただいま』と言うのも忘れてツキを抱き上げた。
「ニャア」と鳴いたツキは、びっくりしたように私を見ていて、そこでようやく深呼吸をして心を落ち着かせた。


「えっと、ごめんね。ただいま、ツキ」


私の言葉で再び小さく鳴いたツキを抱いたままベッドに腰掛け、膝の上にツキを乗せる。


「あのね、明日ふたりが遊びにきてくれるの。ツキに会いたいんだって」


私の話を聞いているのかいないのか、膝の上でリラックスし始めたツキは前足をペロペロと舐めている。
その姿に笑みが零れたけど、すぐにハッとして不安要素に気づいた。


「大丈夫……だよね?」


ツキと出会った時、飼い主に捨てられたせいなのか、それとも私が拾うまでにひどい目に遭ったのか、とにかく警戒心を剥き出しにしていて、あの頃は何度も引っ掻かれた。
今でこそ私の傍を離れないような甘えん坊だし、両親にもちゃんと懐いているけど……。ツキは、これまでにかかりつけの動物病院のスタッフ以外の他人と接したことがないから、もしかしたら知らないふたりと会うと警戒心を剥き出しにするかもしれない。


「ツキ……」


不安になった私の声に、ツキがピクリと反応して顔を上げた。


「あのね、引っ掻いたりしちゃダメだよ?」


私を見ているツキをそっと抱き上げて、顔の前で真っ直ぐ見つめ合う。


「堀田さんと中野さんはこんな私に優しくしてくれるいい子たちだから、きっとツキも仲良くなれると思うの。だから、最初はちょっとびっくりしちゃうかもしれないけど、いい子にしててね?」


身勝手かもしれないけど、抱いている本音を零した。
ツキのことを可愛いと言ってくれたふたりがツキを好きになってくれたら嬉しいし、それをきっかけにもっと仲良くなれるかもしれない。
まるでツキを利用するみたいに思えたけど、また中学時代のようにはなりたくない。
そんな気持ちでツキを見つめていると、私の顔をじっと見ていたツキが舌をペロッと出した。
そっと顔を近づけてみると、私の鼻先をペロペロと舐めたツキが「ニャア」と鳴いた。
それはまるで、不安に包まれていた私の気持ちを汲み取ってくれたかのようで、顎の下を撫でるとゴロゴロと喉を鳴らしたツキに破顔した。


「ツキは世界一可愛いから、きっとふたりもツキを好きになってくれるよ」


親バカなセリフを口にすると、ツキは嬉しそうに鳴いた。


夕方から塾でみっちりと勉強したあと、いつも通り公園に向かっていた。
すっかり日課になってしまっているこの行動も、一週間後にはもうなくなっているのだろうか。
月曜日と木曜日は塾の帰りに公園に行っていたけど、来週の木曜日は七月二十一日……。
つまりクロが指定した最終日の翌日ということになり、彼が本当に最初に決めた期間でこの時間を終わらせるつもりなら、こうして公園に行く意味はなくなってしまう。
そんなことを考えるとため息が漏れて、公園に着いた時にはすっかり心が沈んでいた。


「千帆」


「お疲れ」と笑ったクロに、私は笑顔を返せなかった。
彼への想いに気づいてからまだ二日しか経っていないのだから、気持ちの整理ができないのも、近づくタイムリミットに切なさが募るのも無理はない。
クロならそんな私の表情にも心情にも気づいていると思うけど、彼はまるで地雷を避けるようになにも言ってこない。
その態度が私を突き放そうとしているように見えて、クロへの想いは募っていくのに、彼との距離は出会った頃よりも遠く感じていた。


「そろそろ夏休みだな。今年は友達と遊びにいけるんじゃないのか?」


私がベンチに座ると、すぐに明るい声でそう投げかけられた。


「どうかな。なにも約束してないし、そもそも受験生だしね」


あくまでいつも通りのクロに寂しさを感じているのに、向けられた笑顔を嬉しいと思ってしまう。
寂しさと切なさを癒やすようにも感じるその感情に、そっと微笑が零れ落ちた。


「夏なんだから、受験生だって祭りくらい行くだろ。約束してないなら、明日千帆から誘ってみればいいよ」
「それはちょっと……」
「なんで?」
「だって……まだ友達って言ってもいいのかわからないくらいなのに、お祭りに誘うなんて……」


堀田さんも中野さんも私のことを友達だと言ってくれたけど、私はまだ胸を張って同じようには言えない。
それはやっぱり、あの頃の記憶が鮮明だからで、少しずつ前に進んでいるつもりでもまだ心は縛られている部分があるのだと思う。


「ちょっとずつ成長してると思ってたけど、その辺はまだまだだな」


困ったように微笑む彼が、「まったく……」とため息をついた。
もしかしたら、クロはこの時間がなくなってしまったあとのことを考えているのだろうか。


「千帆がちゃんとやっていけるか、心配だな」


その予想は当たっていたようで、彼のセリフの冒頭にはたぶん『俺がいなくなっても』という言葉が隠されていた。
負の感情が鉛となって、心に沈んでいく。
一ヶ月をこんなにも早く感じたのは初めてのことで、いつの間にか大切になっていた時間がなくなってしまうのが怖かった。


「ねぇ、クロ」


訊いてはいけない。
きっとなにも変わらないから、余計に悲しくなってしまうだけ。


「こうして会うのも来週で終わり……なんだよね……?」


それを頭では理解していても心が追いつかなくて、わかりきった答えが返ってくることを知りながらも尋ねていた。
クロは困ったように微笑し、私の瞳を真っ直ぐ見つめた。


「最初に約束しただろ。……それに、俺は来週この街を去るんだから」


それは、『もう会うことはない』と言われているようだった。
今の時代、スマホが普及して交通機関だって発展しているのだから、その気になれば生きている限りはどこにいたって“もう会えない”なんてことはないはずなのに……。

「だから、千帆の誕生日が最後だ」

彼は真剣な顔をして、きっぱりと『最後』という言葉を言い放った。


胸の奥がギュウッと締めつけられてズキズキと痛み、息の仕方を忘れてしまいそうになる。
だけど……寂しさも不安も素直に見せることはできなくて、必死に納得した振りをして頷いた──。


翌日は朝からソワソワして、授業中もずっと落ち着かなかった。
堀田さんと中野さんはとても楽しみにしてくれていて、放課後になると部活のミーティングに行く彼女たちと一旦別れ、ひと足先に帰宅した。
昨夜、堀田さんと中野さんが遊びにくることを仕事から帰宅した母に伝えると、母は少しだけ驚いた顔をしたあとで嬉しそうにしてくれた。
今朝は早くに出勤したみたいで両親とは顔を合わせることはなかったけど、ダイニングテーブルの上には母の字で【ケーキでも買いなさい】というメモとお金が置かれていたから、学校帰りに駅前のケーキ屋さんに立ち寄った。
ただ、ふたりの好みがわからない私は、散々悩んだ末に自分ではどれを買えばいいのか決められなくて、見兼ねた店員さんがお勧めしてくれたものを三種類買った。


「ただいまー」


冷蔵庫にケーキを入れてから部屋に行くと、ドアの前でちょこんと座っていたツキが出迎えてくれた。
ツキを抱き上げて、ソワソワしながら部屋の中を見回す。
“今度”という約束がまさか翌日になるとは思ってもみなかったけど、掃除は昨日のうちにしておいたし、飲み物も用意してあるから大丈夫なはず。
落ち着かないまま簡単に昼食を済ませた頃、LINEの通知音が鳴った。


「どうぞ」


駅まで迎えにいった私は、「お邪魔しまーす」と声を揃えたふたりを部屋に案内した。


「ただいま、ツキ」


ドアを開けると、さっきと同じように座っていたツキが「ニャア」と鳴いて出迎えてくれた。


「可愛いー!」
「うわぁ! 写真よりイケメーン!」


そんなツキを見た中野さんと堀田さんは口々に褒め、その声にビクッと体を強張らせたツキは私の傍にすり寄ってきた。


「あ、ごめん。びっくりさせちゃった?」
「ツキはあんまり家族以外の人と接する機会がなくて……。だから、人見知りしちゃうかも」
「そうなんだ」
「ほっちゃん、今日は近寄り過ぎないようにしよ?」


堀田さんの質問に不安を感じながら答えると、中野さんが私とツキを交互に見て笑った。
理解してくれたことにホッとし、「飲み物持ってくるね」と言うと、私の後を追ってきたツキと一緒に部屋を出た。


「ツキ、いい子で出迎えてくれてありがとう」


きっと驚いたはずなのに大人しくしてくれたことが嬉しくて、階段を降りながら笑みを零すと、腕の中にいるツキが私を見て小さく鳴いた。
そんなツキを見ていると昨夜の言葉は身勝手だったと反省し、「でも、やっぱり無理しなくていいよ」と微笑んだ。


三人分の飲み物とお皿に入れたケーキを持って部屋に戻ると、出しておいた折り畳み式のローテーブルの上にお菓子が並べられていた。


「みんなで食べようと思って買ってきたんだ。ほっちゃんがどんどんカゴに入れるから、三人分以上あるけど」
「だって、ちーちゃんの好きなお菓子がわかんないから、色々買った方がいいと思ったんだもん」


ローテーブルに乗り切らないお菓子を見て苦笑した中野さんに、堀田さんは唇を小さく尖らせた。


「ありがとう。……あのね、実は私もふたりの好みがわからなくて、全然決められなかったんだ」


「どれがいい?」と訊いてケーキを並べると、ふたりがパッと笑顔になった。
「私、モンブラン好きなんだー!」
「チーズケーキもらってもいい? あ、やっぱりちーちゃんが先に決めて」
「ううん、私はどれでもいいから。中野さんが先に選んで」
「じゃあ、チーズケーキもらうね。ありがとう」


こういうやり取りは三年振りくらいで、懐かしいようなくすぐったいような気持ちになりながらマットの上に腰を下ろすと、ツキが私の隣にピタリとくっついて寝そべった。


「食べよー」


三人で声を揃えて「いただきます」と笑い、いちごがたくさん乗ったタルトにフォークを刺した。
お菓子を食べながら交わす会話は弾み、何度も笑い声が響いた。
家の中がこんなにも賑やかなのは久しぶりで、ふとした時にクロのことを考えてしまうと胸が苦しくなったけど、それでも明るいふたりにつられてよく笑っていた。


「ちーちゃん、なんで制服のままなの? 中ちゃんと楽しみにしてたのに」
「え?」
「ちーちゃんがパンツ派かスカート派かって、電車の中でほっちゃんと話してたんだよ」
「いつもはすぐに着替えるんだけど、私だけ私服って恥ずかしくて……。私、全然おしゃれじゃないし」
「楽しみにしてたのに! でも、いいや。夏休みの宿題する時は、私服で集合だからね!」


いつの間にかツキは私の膝の上に移動して、気持ちよさそうに丸まっている。
無意識に顎の下を撫でるとツキがゴロゴロと喉を鳴らしたから、ふたりが声を揃えて「可愛いー!」と満面の笑顔になった。


「触っちゃダメかなぁ?」
「今日はやめとこうよ。ツキちゃん、まだ私たちに慣れてないだろうし」


じっとツキを見る堀田さんを中野さんが窘めたけど、私の膝の上にいるとはいえ、ツキはずっと落ち着きを見せているから大丈夫だと思う。
少しだけ悩んだあと、彼女たちに「たぶん大丈夫だと思うよ」と笑って見せた。
ツキが不安にならないように、膝の上に乗せたまま撫でてもらうことにした。
最初に堀田さんがツキの体に触れるとピクリと反応を見せたけど、警戒心を見せることもなく大人しくしていた。
そのあとは中野さんも背中や額を撫で、彼女たちは交代で何度もツキのことを撫でた。


「写真撮ってもいい?」
「いいよ」
「じゃあ、私も。ツキちゃんの写真、ツイッターに載せてもいい?」
「うん、嬉しい。あとで見るね」


堀田さんがスマホを出すと、ツキは状況を察するように私の膝からラグの上に移動してリラックスしたような姿を見せてくれたから、ふたりとも大喜びで何枚もの写真を撮った。
それを三人で見ながら、さらに話が弾んだ。


「来週から夏休みだけど、受験生にはつらいよねー」
「今月で引退だし、勉強漬けの毎日になるね」
「せめて、夏らしいことしたいよ! 海に行くとか、ディズニーとか! それがダメなら、花火大会かお祭りでもいいから!」


切実な顔で訴えた堀田さんを見ながら、昨夜のクロとの会話を思い出した。


『明日千帆から誘ってみればいいよ』


昨日はその言葉に対して無理だと言ったのに、なぜか今なら誘えるような気がして、ちゃんと考えるよりも先に口を開いていた。


「あのっ! お祭り、行かない……?」
「え? 今日、どこかでやってるの?」
「あっ、そうじゃなくて、夏休みにって意味だったんだけど……。堀田さんと中野さんと行けたらな、って……」


語尾が小さくなっていった私の話を聞いて、ふたりはどう思ったのだろう。
うちに遊びにきてくれて嬉しかったし、今日はずっと楽しい時間を過ごせていると思っているけど、もしそれが私だけが感じていることだったとしたら……。
調子に乗っている、なんて思うような子たちではないけど、図々しいと思われてしまうかもしれない。


「いいね、行こうよ! 中ちゃん、お祭りっていえばどこだろ?」
「学校の近くの大きな公園でやってるよね」


そんな私の不安を余所にふたりは盛り上がり始め、気がつけばスマホでこの辺りのお祭りを検索していた。


「ちーちゃんのおすすめってどこ?」
「あ、私はあんまり知らなくて……。堀田さんと中野さんのおすすめのお祭りってあるの?」


胸を撫で下ろした私は、中野さんの質問に苦笑したあとで質問を返した。
すると、堀田さんが唇を小さく尖らせた。


「ちーちゃん、あだ名で呼んでよー」
「え?」


不意に話が飛んだことに瞳を見開くと、彼女は不満げな顔をした。


「ちーちゃん、LINEだとあだ名で呼んでくれるのに、面と向かってだと名字のままなんだもん」
「あ、ごめんね……。なんか、まだ慣れなくて……」


呆れられてしまうかもしれないと不安になって俯くと、「じゃあさ」と中野さんの声がした。


「夏休み中に練習しようよ。一緒に宿題したりお祭りに行けば、きっと自然と呼べるようになるよ」
「あ、いいね! まぁ、たしかにちーちゃんって、すぐにあだ名とかで呼ぶの苦手そうだもんね」
「そうそう。みんながみんな、ほっちゃんみたいに怖いもの知らずじゃないんだよ」
「今ちょっとディスったよね?」
「一応褒めたよ? 誰ともでもすぐに仲良くなれてすごいなー、ってこと」
「絶対嘘だ。中ちゃん、半笑いじゃん!」


笑い合うふたりからは私に対して呆れたりしていないことが伝わってきてホッとしていると、彼女たちの視線が同時に私に向けられた。


「それでどう?」
「うん。……ぜひ、お願いします」
「なんで敬語なの?」


中野さんの言葉に頭を下げると堀田さんが吹き出して、直後に三人の笑い声が弾けた。
ツキは再び私の膝の上にやってきて、その重みと体温を感じながら、夕陽が空を染めるまで絶えることのなかった笑顔で過ごした──。


「……お祭り、誘えたよ」


その夜、クロと会うと開口一番そう告げた私に、彼は瞳を丸くしたあとで苦笑した。


「なんだよ? どういう心境の変化?」


「別に……。せっかく友達って言える子ができたんだし、もうちょっと頑張らなきゃいけないかなって思っただけ。そんなに深い意味はないよ」


「そうか」と微笑したクロは、なんだか寂しそうにも見えたけど、それを確かめるだけの余裕も勇気もなかった。
だって私は、彼と会えた喜びともうすぐ会えなくなってしまう悲しさに苛まれていて、平静を保つだけで精一杯だったから。
昼間の楽しかった時間との落差が激しいせいでため息が漏れそうになったけど、不意に優しく破顔したクロに心が惹きつけられ、吐くはずだった息を呑んでいた。


「でも、もし深い意味がなかったとしても、千帆がちゃんと成長してることには変わりないよ。これで、心配しなくて済みそうだ」


嬉しそうに落とされた言葉が、鈍色の刃となって胸を深く刺す。
だけど、感じた痛みには気づかない振りをして、出来るだけの笑みを浮かべた。
クロとこうして過ごせるのも、今日を入れてもあと六日。
だから、この大切な時間を今までよりも大切にしたくて、少しでも笑っていたかった──。