学校では、入野あかねに手を出されることもなく平和に過ごした。
物理担当の男性教諭の機嫌がいささか悪いようにも思えたが、おれたち生徒に危害が及ぶことはなかった。
「紫藤 廉」
放課後、公園へ向かう途中で入野あかねが沈黙を破った。
「右肩が痛いようだけど、昨日、帰りにプラスチックバットかなにかで殴られたの?」
「……おれ、プラスチックで攻撃されて負傷するほどか弱く見えるか」
「破片が刺されば」
「そうなると、たぶんだがこれより痛いな」
入野あかねはふっと笑った。
「で、実際はなにをしたの?」
「ああ……。轢かれそうだった猫を助けてな。猫を抱いて飛び込んだ先の電柱に強打した」
「かっこいいんだかかっこ悪いんだかわからないわね」
「せっかくなら褒めてほしかったぜ」
入野あかねは足を止め、隣で止まったおれを見上げて笑顔を浮かべた。
「……かっこいいじゃない」
「……え、なに」
「別に。わたしでよければ」
「いや、別にそんな……」
こんな気まずい瞬間がほしかったわけではないのだがと腹の中にこぼす。
「その猫は幸せね」
入野あかねは笑顔のまま言った。
「ああ、まあ……このおれ様に助けられたわけだからな」
入野あかねの男受けのよさそうな笑顔から目を逸らし、「行くぞ」とおれは歩みを再開した。