おれは、胸に顔をうずめる形で動かなくなった入野あかねの背を叩いた。
「……おい。起きろ馬鹿女」
幾度か起きろと繰り返すと、入野あかねはゆっくりと顔を上げた。
「なに人の胸で寝てやがる」
「ああ……紫藤 廉……」
ごめんと呟く彼女へ別にと返す。
最悪だなどと言って騒ぐことを想像していた。
「寝ちゃったのね。……どうしよう」
「なにがだ」
「お父さん……。今日……帰りたくない」
「知るか。もう日没は遠くないぞ」
「本当に帰りたくない……」
「さて、どうしたものか」
「今日さ、紫藤 廉の家に泊まっていい?」
「さっき我慢した分爆発させんぞ。顔と腹、どっちがいい」
冗談よ、と思ってもいなさそうに入野あかねは言った。
「お前は迎えでも頼んだらどうだ? 六人姉妹それぞれに尽くす者がいるんだろう?」
「まあそうだけど。わたしは帰りたくないの」
「知るかそんなこと。迎えを頼んで、帰ったら自室にでもこもっていればいいだろう。おれにだってあるんだ、自分の部屋くらいあるだろう?」
「あるけど……。わたし、まだ紫藤 廉の秘密聞かせてもらってないんだけど」
「中途半端な大きさのウエストバッグのようなものだと言っていたろうが」
「今はそうは思わないの」
「うるせえ。明日教えてやるから、今日は帰れ。一人で帰りたくないのであれば付き合う。この薄暗い中を女一人で帰らせるというのも気が引けるしな」
「別にそれは結構よ」
へっ、とおれは苦笑する。
「ああそうですか。生意気な女だ」
「うるさい。紫藤 廉が、必要以上に……優しいのよ」
「はいはい。じゃあこの優しい優しい紫藤くんになにをしてほしい」
「だから秘密を――」
そうじゃねえよと入野あかねの言葉を遮る。
「それは明日教えるって言ってるだろう。今日は帰れって。帰るのになにをしてほしいかって訊いてんだよ馬鹿」
「別に。明日秘密を教えてくれるならいいわ」
入野あかねはため息に似た息をつき、「帰る」と腰を上げた。
一人で大丈夫かと問うと、大丈夫と静かな声が返ってきた。
じゃあ気をつけろよとおれも腰を上げた。