「写真のこと、カメラのことを考えていると、すっかり忘れてしまうの。
忘れてはいけないのに、そう。
わたしはあくまで、父親の道具の一つ。
執事や、わたしたち六人姉妹に尽くしてくれる人と同じような存在。
父親がわたしにカメラを買うことを許してくれたのも、きっと今のうちに好き放題させて、会社を継ぐことを断りにくくさせるため。
忘れてはいけない事実なのに、忘れてはいけないとは理解しているのに、頭は忘れようとするの。
なにかがある度に、自分の置かれた状況に不満を抱く度に、カメラを抱えては出掛ける。
道端に咲く草花や、雲の浮かぶ空、オレンジ色の輝く空、何気ない自分の足元――気になったものを撮る。
カメラは、写真は、唯一わたしがわたしらしいわたしになれるものなの。
所詮は父親と会社の道具であるわたしに、らしさもなにもあったものではないのだけどね」
入野あかねは小さく笑った。
深く落としていた頭をゆっくりと上げる。
こちらを向くと、悲しげに微笑んだ。
「わたしにとってね、選択肢なんていうものはあってないようなものなの。
自我だって同じ。あってないようなもの。
ないようなものというか、あってはいけないもの、かしらね」
だってわたしは父親と会社の道具なんだもの、と言う彼女の唇へ、おれは自分の人差し指を当てた。
入野あかねの丸い目が驚いたように見開かれる。