「それより……一つ訊いていいか?」

「なあに?」

入野あかねは優しい声を返した。

「入野あかねのお父様はどんな会社を経営してるんだ? 執事の他、家政婦だかお手伝いさんだか知らないが、六人も雇ってるんだろう?」

「ある旅館を創った人」

その旅館の名を問うと、おれの父親が勤めている旅館の名前が返ってきた。

「今となってはそれなりに名の知れた高級旅館ね」

おれは入野あかねへ、「うっす、お世話になっております」と頭を下げた。

「なに、親が勤めてるなんて?」

「ああ……父親がな」

「へえ」

なんだか素敵な偶然ね、と入野あかねは微笑んだ。

その笑顔が非常に美しいものに感じてしまった自分に敗北感を抱く。


「それはそうと。

父親は、わたしに会社の後継と、わたしの次なる後継者を求めた。

相手は、お互いに幼い頃に決められていた。いわゆる、許婚と言われるやつね」

「許婚なんてこの時代にもあるのか」

「どうやらあるみたいね。

わたしは少し前、自分に妹が五人もいる理由がわかった。

恐らく、父親はわたしに会社を継がせるつもりはなかったのね。初めは。

だから、男児を求めて何人も――。だけど皆娘だったといった感じでしょう。

四歳下の彼女で諦めたのでしょうね」

「それで、長女の入野あかねに会社の後継を」

「たぶん……いえ――」

きっとね、と入野あかねは微かに口角を上げた。