僅かな緊張感を含んだ沈黙を、入野あかねは「わたしの」と破った。

しかし、直後に教室の前を通り掛かった教師に「お前らまだいるのか」と声を掛けられた。

それほど時間が経ったようには思えなかったが、壁の時計へ目をやると、部活に所属しない生徒への教師の言葉も当然のように思えた。

「ああ、すみません。あっ、あったあった。紫藤くんありがとうね」

入野あかねがかわいいと思えてしまうような声を出している間に、教師の姿は消えていた。

「なにをどう見ればおれが入野あかねの探し物に付き合っていたんだ」

「さあね。別にいいでしょう、先生いなくなったんだし」

「まあそうだけど。ていうか入野あかね、ずいぶんかわいらしい声出せるんだな。普段からあんな声で話せばいいのに」

「なんで同級生に愛想なんか振りまかなくてはならないの。あんな嘘くさい声で生活していたら声帯がどうにかなるわ」

「お前本当にかわいげないよな」

「別に他人にかわいいと思われるために生きているわけじゃないわ。わたしは――」

入野あかねは言いかけてうつむき、鞄の肩紐を掴んで席を立った。

「行くわよ」と振り返りもせずに言う彼女へ「はいはい」と頷き、おれは鞄を手に「どっこいしょ」と腰を上げた。