「うわ、紫藤 廉まだいたの?」
入野さん、と声の主の名を呼ぶツクモへ、彼女は「ツクモさんおつかれ」と優しい声を返した。
「入野あかね……机に鞄はあると思っていたが。貴様こそなにしてんだ」
「別に? わたしだって人間なの。いろいろ起こるのよ」
「なんだ、腹でも痛いのか」
おれが言うと、入野あかねはなにかに反応したように目を逸らし、うつむいた。
「……紫藤 廉……死にたいのならば望みどおりにしてあげるわよ」
足音を立てながら迫りくる入野あかねへ「一旦落ち着こう」と苦笑する。
「おれなんかを殺して犯罪者になるなんてこの上ない愚行だと思わないか?」
「うるさい……。あんたにはデリカシーというものがないわけ?」
「すまない、おれは英語が苦手でね」
「あなたはなんて無神経な男なんだって言ってるの」
「ええ……。なあツクモ、さっきのおれの問いって無神経なものだったか?」
視線の先のツクモは「へっ?」と声を出した。
「どうなんだろう……。わたしはそれくらいの人が好きだけど……。もしかしたら入野さんの照れ隠しみたいな可能性も……」
どうなんだろう、とツクモは呟いた。
入野あかねは「ツクモさんがいなかったら拳だったからね」と呟き、おれの腹を指で刺した。
「ちょっ……これ軽い拳と大差ねえし。ていうかおれ、入野あかねに暴力振るわれたのこれで二回目」
ひどい女だろうとツクモを見ると、「入野さんかわいいね」と彼女は笑った。
「入野さんは紫藤くんのことが好きなんでしょう?」
「馬鹿に通用しないような冗談はよしなさい、ツクモさん」
鞄を手に足早に去る入野あかねを見送り、ツクモは「見た?」とおれを見た。
「入野さん、さっきちょっと顔赤かったの」
「ふうん。熱でもあるのかね」
「違うよ。もう、紫藤くんって本当に、摂取した栄養全部が女の子受けをよくすることに働いたんだね」
「身長伸ばすことじゃないのか?」
「馬鹿だなあ、紫藤くん」
ツクモはもうと叫び、鞄を掴んで教室を飛び出した。
なにかツクモを怒らせるようなことをしただろうかと自問するも、答えは出ない。
おれはペンケースをしまった鞄を肩に掛け、教室を出た。