放課後、忘れ物を取りに教室へ入ると、女子生徒の高い声に呼ばれた。
ツクモだった。身長が百四十センチメートル代を想像させる小柄な女子生徒だ。ツクモという名字の漢字は、三文字であったはずだが覚えていない。
「紫藤くん……。あのね……」
ちょっと恥ずかしいんだけど、と彼女はうつむいた。
「どうした。ゆっくりでいいけど、日が暮れる前だとありがたいかな」
ツクモは苦笑した。
「あのね……こ、黒板を……」
上の方消してほしいの、と彼女は自身の後方にある黒板を指で示した。
確かに上部には文字が残っている。
「ああ、なるほどね。悪い、気づかなくて」
おれはツクモから黒板消しを受け取り、文字を消した。
汚れを落とすかと尋ねると、ツクモはこれくらいならいいでしょうと笑った。
「ありがとう。さすが紫藤くん。栄養が全部身長を伸ばすのに働いちゃっただけあるね」
「そう言うツクモは全栄養が脳の発達に使われちまったようだがな」
「勉強は難しいことじゃないもん。だけど身長を伸ばすのはどう頑張っても……」
「そんな言葉、一度でいいから本音として吐いてみたいものだ。こちとら身長はなにもせずに伸びたが学習能力は少し頑張ったくらいでは一つも伸びなかった」
おれは自席へ向かい、机の中から忘れ物のペンケースを取り出した。
おれの言葉に、ツクモは「かわいいね」と笑う。