「そうじゃなくて、あなたは何様なの? 偉そうにわたしを救済してやるだとかぬかしてくれちゃって。
あなたの言う救済というものが相談に乗る程度のことなら、わたしのことなど放っておいてくれて結構よ」
「失礼しちゃうなあ、入野あかねよ。このおれがそんな無責任なこと言うように見えるか?」
「見える」と入野あかねは食い気味に返してきた。
おれは「くそ」と苦笑する。
しかし、入野あかねがおれに関心を抱き始めたのは確かだ。
おれは「じゃあ」と返した。口角が上がっているのがわかる。
「入野あかねがおれを頼ると決めてくれたなら、おれは貴様にもう一つの姿を見せてやろう」
「……はあ?」
なにをくだらないことを言っているのだとでも言いたげに、入野あかねは眉を寄せた。
「どうだ。気にならないか? 現実世界、全てがなんらかの元に動いているこの世界で、人間が別の姿へ変わるんだ」
「人間なんて、服を着替えて化粧をすれば姿は変わる」
「そんなつまらない変身で満足か?」
「別に変身とか興味ないし。わたしは紫藤 廉が言う救済の意味を知りたいだけ」
「だから、それは入野あかねが自身のことを教えてくれなければ教えることはできないんだ。
別に貴様が口を割る前にこちらから話し出しても構わないのだが、貴様のことだ、どうせ馬鹿な男の妄想だとでも言って片付けてしまうだろう」
「そんなに非現実的なものなの?」
「非現実の塊だ。もはや今のおれは非現実からできている。非現実を可視化したものと言っても過言ではない」
「ふうん……。じゃあ、紫藤 廉自体もう現実世界には存在しないということ?
そうなら、今まで紫藤 廉と接触してストレスを感じていたわたしに時間を返してほしいんだけども」
「安心しろ。おれは確かにこの世に存在する物体だ」
入野あかねははあと息をつき、長い髪の毛の中へ手を入れた。