「なんだ入野あかね。ついにおれ様紫藤 廉に会わない朝に耐えられなくなったか」
「別にそういうわけではないけれども。この朝の精神的ストレスが……ほんのほんの少しだけ、癖になったような気がしただけ。でも思っていたよりもこの精神的ストレスは強いものだったわ」
「ほう、わかってきたようだな。入野あかねには、我――紫藤 廉が必要不可欠であると」
「残念ながらそれはわからないわ。それより今にも死にそうな顔ね。ゾンビみたいよ」
「ゾンビではもう死んでいる」
「ああ、うるさいうるさい。ほんのほんの少しだけ朝に紫藤 廉に会ってみたいと思ってしまったわたしが馬鹿であったわ」
ふんと顔を背け、教室へ向かう入野あかねの隣に着く。
「別に隣を歩いてほしいとまでは一ミリも思わなかったけど?」
「おれが貴様のためだけを考えて日々生活しているとは思ってくれるなよ。おれもいい加減教室へ向かおうと考えただけだ」
「へえ。じゃあ、紫藤 廉はあそこでわたしを待っていたわけ?」
「待ってなどいるものか。なにを理由にそう考えたんだよ。死にかけた体を休めていたら貴様が来やがったんだ」
「へえ。ところで、紫藤 廉も充分にわたしを嫌いなようだけど、それでいながらどうしてわたしに構うの?」
「本能が働いたんだよ。天才としてのな」
「紫藤 廉の言う天才ってなんなの? あなたが天才なら愚鈍な人などいないわよ」
「ほう。どうやら本気で言っているようだな」
「わたしはいつだって本気。本気で紫藤 廉を嫌い――」
入野あかねはなにかを言いかけて黙り込んだ。
「入野あかねもかわいいところあるんだな」
おれは思わず笑った。不覚にも本当に入野あかねがかわいいと思えてしまった。
「はあ? 誰に向かって口利いてるの?」
「入野あかねしかいないだろう。この状況で入野あかね以外の者に話し掛けていると言ったらただの危険人物だ」
「へえ。わたしにとって紫藤 廉というのは充分に危険人物だけれどもね。危険人物で生意気」
「入野あかねがさっき言いかけた言葉はだいたい想像つく」
「うるさい。わかるのならわざわざ言わなくていいからね」
「本気で紫藤 廉を嫌い、そして――」
ぶっ殺されたいの、と言葉を遮られ、おれに殺すだとか言うなんてばちたかりな女だなと笑い返す。