「構わないで――つい今しがた、そう伝えたはずだけど?」
「見捨てるのは簡単だ」
「ならば簡単に見捨ててちょうだい」
「何度も言うようだが、おれはそれでも構わないんだよ」
「わたしだってそれで構わないわよ。むしろわたしはそれを望んでいるの。なんでそれがわからないの? ああ、本物の馬鹿なんだっけね。忘れていたわ」
失礼、と入野あかねは笑った。
おれは はあと息をつく。
「ではもう一度尋ねる。その理由は好きなように思ってくれて構わない。入野あかねのことだから、おれが馬鹿であるために同じ質問をするとでも思うのだろう。それならそれで構わない」
「その質問はなに。ごしゃごしゃ言ってないでさっさと済ませてちょうだい」
「入野あかねには願っていることがあるんだよな?」
おれが言うと、入野あかねは黙り込んだ。
「さっさと済ませてほしいんだろう? さっさと答えて終わらせようぜ」
入野あかねお嬢様よ、とおれは続けた。
「ここでの返答によっては、おれは入野あかねの望む通り、お前を放っておく」
「……じゃあ。仮によ。仮に、わたしには願い事がありますと答えたならば、紫藤 廉はどうするの?」
「入野あかね、貴様を救済する」
「はあ?」
「おれは本気だ」
「じゃあ反対に、わたしに願い事などありませんと答えたら紫藤 廉はどうするわけ?」
「入野あかね、貴様の望み通り貴様と距離を置く」
「じゃあ、願い事はない」
「じゃあって言ったな、確かに」
「うるさい。わからない? それほど、わたしは紫藤 廉が嫌いなの」
「ふうん。素直になった場合、その嫌いな紫藤 廉によって願い事が実現するとしても、貴様は素直になるつもりはないのか?」
「嫌いな人間の力など借りたくはない」
「ふうん……」
頑固な女だと呟くと、頑固で結構と返ってきた。