父親から菓子パンを半分もらって家を出た。
昇降口には数名の生徒がいた。
あくびをしながら上履きを放ると、背中に小さな衝撃を感じた。
「すみません」と静かな女の声が続く。
「ああ、悪い」
言いながら振り返ると、声の主は「うわ」と嫌な顔をした。
「……朝から紫藤 廉に会うだなんて、なんてついていないのかしら」
「そんなものはおれが知ったことではない。入野あかねが腹のどこかで『紫藤 廉様に会えますように』とか願ってたんじゃねえの?」
「馬鹿みたい。願いなんて叶うわけがないじゃないの」
「それはどうかな。本気で願っていればいつかは叶うものだぞ」
「本当に馬鹿。願っていればいつかは叶う? ありふれた応援ソングじゃないんだから」
紫藤 廉って本当に馬鹿ねと続け、入野あかねは歩き出した。
おれはその斜め後ろに着く。
「……入野あかね。お前、願いがあるだろう」
おれは言った。入野あかねの歩みの速度が落ちる。
おれは彼女の隣に着いた。
「なぜそう思うの?」
入野あかねは静かに問う。
「おれは入野あかねが言った通り、頭は空っぽだ。だが天才でもある。ゆえに人様の考えることを見抜くくらいのことなら容易い」
「何度言っても足りないくらいに気持ちの悪い男ね。では、わたしの願いというものを言い当てて見せてちょうだい?」
「そこまではできない。だからおれは入野あかね本人に問うた」
本当に気持ち悪い、と入野あかねは両腕をさすった。「言ったでしょう、わたしはあなた、紫藤 廉のような人間が大嫌いなの」
おれは「それは困ったなあ」と苦笑する。