「なあ、入野あかね」

鞄をロッカーに入れ、席へ戻ってきた彼女を呼んだ。

返答の代わりに、鋭い視線が向けられる。

「入野あかねの親ってなにしてんだ?」

「紫藤 廉に言う必要ある?」

「おやおや、おれの名前を知っていたか」

これは驚きだ、と続けた。

「紫藤 廉――なにもかも印象的で、そんな名前ではね」

「この名前変わってるか?」

「一般的にはどうかしらね。ただわたしには印象的なものだった、それまで」

「ふうん。まあそれで、この学校に数人存在するという社長令嬢の一人である入野あかねお嬢様の記憶に残ることができたのであれば、この名を与えられたのは幸運だ。一時期は画数が多く思えて複雑だったがね」

小学生の頃に「一」の一文字で「はじめ」という同級生がおり、彼を羨んだのを覚えている。

彼は名字にも特別に画数の多い漢字は使われていなかったと記憶している。


「ところで、入野あかねは他の社長令嬢を知ってるか?」

「それを紫藤 廉が知ってどうするの」

「さあ、どうするんだろうね。入野あかねが他の社長令嬢を知っているか否かを答えてくれたら教えて差し上げよう」

「別に知って得をする情報でもないわ。だからわたしが他の『社長令嬢』と呼ばれる人を知っているかも教えない」

「ふうん……。ああ、『他の』っていうことは、入野あかねの親はやっぱり経営者なんだ?」

おれが思わず口に出すと、入野あかねは大きな目をぴくりとさらに大きくし、「あなた本当にむかつく」と呟いた。