「紫藤……終わったよ、全部。ありがとう」
紫藤のおかげだよという震えた声に、「ばーか」と笑い返す。
「おれは助けたいと思えた人を助けたまでだ」
入野はふっと笑った。
「紫藤らしいね。でも、ありがとう。もう自由なんだ、わたし」
「そうか、それはよかった。許婚もか?」
入野はおれの体に巻く腕の力を緩めた。
「それは……。まだ、完全ではないけど」
「そうか」
「でもさ……」
入野は再度腕に力を込めた。
「これからも……一緒にいてくれない?」
無意識に笑いが込み上げた。
ふっとそれを放つ。
「それがお前の望みなら、叶えるまでだ」
おれは入野を離し、彼女の顔を見つめた。
前髪のないその額にそっと唇を当てる。
入野は儚げな笑みを浮かべ、おれの口元へ顔を近づけた。
おれは入野の唇に人差し指で触れた。
込み上げた笑いを、再度ふっと放つ。
「それは、お前が本当に自由になってからだ。中国人は生半可な気持ちで恋愛はしないんだ」
入野は小さく苦笑した。
「過去には自慢したことを悔いたのに、こんなときばかりは中国の血を自慢するのね。
それになんだか、まるで日本人がいいかげんな気持ちで恋愛してるみたいな言い方じゃない」
おれは苦笑し、入野を抱きしめた。
「……なあ入野、もう少し頑張れるか」
腕の中で、入野は「もちろん」と力強く答えた。
「だって、紫藤……廉がいるもの」
「そうか」
おれは入野の髪を撫でた。
入野の愛らしさに口角が上がる。
入野 あかね――彼女は実に愛らしい女だ。
おれはいつから入野に惚れていたのだろうか。