母親の作業の音がいやに気になりおれが腰を上げると、「出掛けるの?」と母親は問うてきた。
おれは「散歩に」と答えたあと、「買い物なら今日は断る」と付け加えた。
玄関の外は晴れており、適温だった。
玄関前の段に腰を下ろし、深く呼吸をして邪念を払う。
頭を下げて目を閉じた。手を組み、親指を眉間の辺りに当てる。
入野、頑張れ――きっともう少しだ――。
入野が家の事情から解放されますように――入野が幸せになりますように――。
入野が――入野が――入野――。
ひたすら願っていると、意図せぬ涙が親指から手首に向かって線を引いた。
鼻をすすり、震えた息を口から吐き出す。
引き続き入野の望む将来を願った。
入野の名を発した声はあまりに頼りなく震えていた。
入野が望む将来を生きられますように――。