五時間目の授業中、入野の机から消しゴムが落ちた。偶然だ。

おれはそれを右手で拾った。

こちらへ手を伸ばす入野に笑顔を返し、おれは手を合わせて離した両手を握った。

「お望みの品はどちらにあるでしょうか」

入野は怒ったような目でおれを見た。

今はその姿が愛らしく見えて仕方がない。

入野は少し悩んだ末、「こっち」とおれの右手に触れた。

おれは口角を上げる。

「惜しい」

おれはブレザーの裾に隠した消しゴムを出し、入野の手に載せた。

「どこが惜しいのよ。どちらの手でもないじゃない」

「どちら――不特定の場所を表す言葉でもあるぞ」

「普通の日本人であるわたしが紫藤に日本語で負けるとはね」

「前にも友達に同じようなことを言われて同じことを返したけど、そういう言い方をする相手はおれだけにした方がいいよ」

これは当時の友達には言ってないけどとおれは挟んだ。

「混血に劣等感のようなものを感じている人も少なくない」

そうなんだと入野は呟いた。

「なんかごめんね」

「いや、おれは全然いいんだ。ただ、これからいろいろな人に出逢うであろう入野のような人には特に覚えててほしくてね」

おれでも小さい頃は嫌だったから、とは発する前に飲み込んだ。

入野に話すべきようなことではないと思った。

こんなものは、宮原のような似た経験をした親しい者との間で時々話題にするくらいがちょうどいいのだ。

そんな相手の宮原とでも、今となっては笑い話になりつつある。