「よかったわね」

入野は小さく言った。

「なに一つよくねえよ。まだ痛いっつうの」

「わたしも殴りたかったから」

「もう下で殴ったろうが」

「人間というのは貪欲な生き物でね。一つの欲望が満たされたら、新たにそれ以上の欲望を抱くの」

入野は小さな笑いを続けた。

「なにいいこと風な言葉並べて勝ち誇ってやがる」

「ごめんごめん、なんかちょっとかっこよく思えちゃって」

「安心しろ、なに一つかっこよくない。普通にしていて大丈夫だ」

「そんなに否定しなくたっていいじゃないの。自分がしていて楽しい思い込みはしてもいいんでしょう、神様?」

おれは苦笑した。

過去の発言を持ってこられては黙る他ない。