「だって、言うじゃない」

「『社長令嬢は凡人を殴りたくなる』ってか? 聞いたことねえけど」

違うわよと入野は笑った。

「小さな男の子は、好きな女の子にちょっかい出しがちって」

「ああ、それなあ……。でもお前女じゃん。でかいし」

「でかいって言わないでくれる? なんか度々背が高く見られるけど、これでも平均なのよ」

「ふうん」

「そうじゃなくて」

「なに」

「突っかかるところそこじゃないの」

「……まじか。どこだった?」

「ばーか」

言うわけないじゃんと入野は楽しそうに笑う。

「言ったら負だと思ってるから、わたし。直接は絶対に言わないで紫藤にわからせる」

「まあ好きにしたらいいが、今のままじゃまず無理だぞ。おれ、まったくわかってないから」

言った直後、後頭部に重さのあるものがぶつかった。

声を漏らし、衝撃を感じた箇所を押さえる。

「ああ、ごめん」

宮原のわざとらしい声が返ってきた。

「なんかぶつかっちゃった」

「馬鹿野郎、どんな持ち方してたら後頭部に鞄が当たるんだ。しかも角だろ、あの感じ」

「世の中何が起こるかわからないからね」

もう二度とこういうことがないといいねと残し、宮原は自席へ向かった。

「心の底から二度とないことを望むよ」とその背へ投げる。