昇降口が近づいた頃、何者かに背中を殴られた。

痛みに慣れることはないが、それが誰に与えられたものかはわかる。

「……朝から暴力的だな、入野」

「なぜわたしが紫藤を殴るか――。理由はただ一つ、そこに紫藤がいるから」

「馬鹿野郎、おれは貴様に殴られるために生きてるんじゃない」

「……じゃあ、なんのため?」

「さあな。そんな――」

わかったと入野は人差し指を立て、おれの言葉を遮った。

「そんな……そんなものは、生きてるうちにわかるもの、とか?」

おれは苦笑した。

「当たりだね?」

「そう思うならそう思え」

「言われなくてもそう思うわよ」

「今はわかった気もするけどな」

「なに? さらに恥ずかしい言葉聞かせてくれるの?」

「おれは今、人を助けるために生きている」

入野は小さく笑った。

「なんかもう、紫藤のおかげで少し変なくらいの言葉では驚かなくなったわ」

「それは複雑だな。驚きがあった方が面白いのに」

「驚きねえ……」

入野は呟いた。そんなもの求めてはいないとでも言いたげな声だった。