「紫藤は入院したことあるの?」
「いや。おれ心身ともにかなり健康だから」
「ふうん。それでよく病院のことわかるわね?」
「なんか、父親が過去に入院したことがあるらしくて。そのときの話を聞いて知った」
「へえ……」
入野は静かにうつむいた。
「わたし、家族のことってほとんど知らないな。誕生日と血液型くらいね、知ってること」
ぽつりと並べた。
「さすがに、妹たちの通ってる学校くらいは知ってるだろう?」
「まあ、それくらいはね。でも……学校の様子とか、学校でどんなことがあったかとか、まったく知らない」
「そうか」
「お父さんだって、日中なにしてるか、具体的なことはわからないし。
お母さんだって、経営の手伝いのようなことをしているというのは前に聞いたけど、やっぱり具体的なことはまったく……」
繋がりの薄い家族ね、と入野は苦笑した。
「別に悪いことではないと思うけどな。家族だといってもいちいち縛られていちゃ、さすがに精神的にきつい」
入野はゆっくりとこちらを向いた。
「紫藤家はどんな感じなの?」
「そうだな……家族全員がおちゃまる第一で、母親は日々おれに様々な命令を下し、父親が帰宅してからはおちゃまるの争奪戦が起こる――」
「楽しそうな家ね」
「それが実際住んでみるとそうでもないんだよ。おちゃまるが父親の元にいると腹の底から嫉妬するし。
とりあえずそれを確認したら手を洗ったか訊く。汚い手で触ろうものなら何度でも殴るし蹴る」
入野は小さく噴き出した。
「それ本気?」
「まさか。父親は真面目で、家での決まりを一度も破ったことがない。その決まりというのも、おちゃまるに触れる前に着替えと手洗いうがいを済ませるというものなんだがな」
「おちゃまるちゃんに触るのにうがいもするの?」
「口からなにかをうつすかもしれない。神が少し早かったから、動物の健康管理と衛生管理は徹底してるんだ」
「へえ。じゃあ健康診断……定期検診か。そういうのも行ってるの?」
「ああ。母親が日中に済ませてるから、いつ頃行ってるかといったことは把握してないが、毎度問題はないらしい。
前は行った日に毎度結果を聞いていたのだが、それでは直前の緊張でこちらの寿命が縮むと判断し、結果を報告するのは異常が見つかった場合だけという決まりを作った」
「へえ。おちゃまるちゃん、愛されてるのね」
羨ましいわ、と入野は切なく目を細めた。