翌朝、机に鞄を置くと、「あのさ」と入野の声がした。
「……入野から存在感が消えることってあるんだな」
「紫藤ってさ……その、好きな人とかいるの?」
入野はおれを見上げて言った。
意味はないが、なんとなく「いる」と答えた。
入野はぴくりと目を見開く。
動かした鞄に押され、ペンケースが落下した。
「……誰?」
「いやまあ、嘘だけど。入野はいるのか?」
殴られたいのならお望みどおりにしてあげるけど、と入野は低い声を並べた。
「……わたしは……わたしだって別に」
「へえ。まあ、入野って恋とかしなさそうだもんな」
「なに、それは悪口?」
「いや、本当にしなさそうだから。大丈夫、初恋は経験済み?」
「あるわよ、馬鹿にしてるでしょ」
まさか、とおれは苦笑する。
「えっ、ちなみにいつ?」
「えっと……小学校低学年、くらいだったかしら」
「へえ。同級生?」
「まあ……」
「どんな人? 入野が好きになる人とか想像つかないんだけど」
「その初恋の人は……勉強はそこそこできたわ。運動はものすごくできるというわけではなくて、平均といった感じ。で、恋愛に関してはすごく冷めていそうな人。
顔は決して悪くなかった。それで、すっごく性格がよかった。いつか損をしそうなくらいに優しいの。顔がいいくせに性格まで優しいとなれば、異性に好かれないはずがないわよね」
「へえ……。やっぱり入野、理想高いんだな」
「……はあ?」
だって、とおれは言った。