「で、昨日親父さんとはどうだった?」
おれは言った。
「別に変わったところはなかったわよ。会社の方へ話を持っていけば、なにか不満があるのかとでも言いたげな態度」
「ほう……。本当にお前に継がせるつもりなんだな」
「そりゃそうでしょう。わたしが幼い頃からそのつもりでいるんだもの。いきなり別の方法を考えろと言われても戸惑うものでしょう」
「まあわからんこともないが……」
入野はぱたんと文庫本を閉じた。意味深な笑みを浮かべる。
おれは体を起こした。
「わたしね、こんなんでもいろいろと考えてるの」
「ほう」
「紫藤はきっと、『なんでこの女は、このおれという最強な味方がいるにもかかわらず、父親と本気でぶつからないんだ? 馬鹿なのか、いや、馬鹿なのだ』とでも思っているんでしょう?」
「いや……そこまでは」
「でもね、何度か執拗に将来の話を持ち出して、やがて父親から苛立ちが窺えるようになった頃に、わたしも本気を出そうかなって思ってるの」
「ほう。頑張るね」
「だって、紫藤が……ちゃんと助けてくれるんでしょう?」
入野は上目遣いに言った。
「ああ。一度はどれほど不穏な空気になっても、最後は必ず丸く収める」
入野は笑顔に安堵の色を混ぜた。
「だから頑張るの。紫藤がいるから」
「へえ。なんか今気になったんだけどさ、入野ってなんで普段からそういうふうにいないんだ?」
入野は表情で聞き返した。