リビングへ入ると、おちゃまるが駆け寄ってきた。

「はあ、よしよし。元気でなによりだよ、おちゃまる」

今日もかわいさは健在だな、とおちゃまるを撫で回す。

「そうだ、廉」

ふとミシンの音がやみ、母親の声がした。

「なに。おちゃまるの散歩?」

「違うよ。ご飯がないの」

「おちゃまるの?」

「わたしたちの」

おっと、と声が漏れた。

「……それは困った」

「そう、困ったの。だから廉、買ってきて」

「はあ? ご飯って米のことだろ?」

「そう。あのスーパーなら、自転車なら二十分もあれば行けるよ」

「行けるよじゃなくて。まあ、行くしかないんだろうけど。母さん一つも動く様子ないし。ていうか日中時間あるだろう」

「わたしには仕事があるんだよ。その他はおちゃまるさんのための時間。でも廉は暇でしょう?」

「まあ確かにまったく忙しくはないけど」

でも自転車で二十分か、とため息のように言いながら立ち上がった。

「おちゃまると一時間弱は会えないことになるな。おちゃまる……元気でな。おれ……母さんのぱしりにされてるんだ」

おちゃまるの愛らしい顔を撫でていると、母親に「おちゃまるさんに変な言葉を教えるんじゃないよ」と虫を払うように手を動かされ、おれは自転車の鍵を手にリビングを出た。

「気をつけて行ってきます」と残し、玄関を出る。