翌朝、校門をくぐって昇降口までを歩いていたとき、後ろから抱きつかれた。
「だーれだ?」と高い声が続く。
「……入野」
「ブッブー。残念でした」
聞き慣れた声が聞こえたあと、腕が解かれた。
彼女は隣に着き、「あかねでした」と笑う。
「入野って、他のやつにもこういうことしてるのか?」
「……なんで?」
「入野みたいなやつのこういう一面って、好きなやつは好きなんだろうなと思って」
「ふうん。でもこんなこと、紫藤にしかしないよ」
「へえ」
「紫藤はわたしみたいなやつのこういう一面は好きじゃないの?」
「別になんとも思わない」
「そうなんだ」
つまんないの、と入野は天を仰いだ。
「あっ」と小さく声を出し、「飛行機雲だ」と視線の先を指で示した。
入野の指の先には、長い飛行機雲が確認できた。
「今日ちょっと寒いからな」
「雨降るかもね。傘持ってないけど」
「置き傘くらい用意しておけよ。女だろ」
「前回使ってから持ってくるの忘れてるの」
「馬鹿なのか。前回雨降ったのだいぶ前だぞ」
うるさいと拗ねたような声とともに背を殴られた。
「朝っぱらから暴力か……。一日が長いよ」
「別に、放課後に雨が降るとは限らないじゃないの」
「はいはい、そのとおりだ」