「なあ、入野あかね」
「なあに? それより、紫藤もわたしのこと入野かあかねって呼んで? なんかフルネームだと距離がある感じがしちゃって」
「そうか。じゃあ、入野とあかね、どっちで呼ばれたい?」
「じゃあねえ……あかね」
「で、入野」
この男、と笑いまじりに入野は呟いた。
「入野。おれは、お前の味方だ」
「……なによ急に。改めてそんな」
一瞬の静寂のあと、入野は小さく笑った。
「ちゃんとわかってるよ。紫藤はわたしの味方。こんなんでもちゃんと信じてる。紫藤はわたしの心強い味方で、わたしの神様」
おれはふっと笑った。無意識だった。
「それならよかった」とやわらかな声が出る。
「なら、一度。勇気が出たら、恥じらいも恐れも、思い込みも、お前を縛ってるもの全部を取っ払って、親父さんにぶつかってみてくれ」
今度は入野が笑った。
「本当に紫藤って、そういう聞いてる方が恥ずかしくなるような言葉が似合うわよね」
「それはどうも」
おれはねっとりした口調で返した。
「同じようなことを小学生の頃の友人に言われたよ」
「そんな小さい頃からそんなんなの?」
「そんなんってなんだよ」
「そんなんと言ったらそんなんよ。そんな、恥ずかしいという言葉を可視化したような」
「うるせえよ。おれみたいなやつがいると、周りのやつらがあいつよりはましだと思って自由に動けるようになるだろう?」
「はいはい、人様のためにそういうキャラクターを演じているのね? そういうことにしておいてあげるわよ」
入野の笑い声へ、「別に頼んじゃいない」と返す。