「社長だからか」

「……その、今まで一度も、お父さんに逆らったことなんてなかったの。わたしには、お父さんに対して逆らうという概念がないの」

「ないものなら作れ」

「ずいぶんと簡単に言ってくれるわね。たまには凡人の視点でも物事を考えてくれる?」

「考えている。そもそもおれは凡人だ」

「神様じゃないの?」

「こんな話で何時間も潰したいか?」

最高に無駄ねと冷たい声が返ってきた。

そうだろうと苦笑する。

「あのね」

入野あかねは静かに言った。

「今まで、お父さんこそが運命みたいなものだったの」

「それも思い込みだな。お前にはおれのような人生を楽しくする思い込みはできないのか」

「できないみたいね。紫藤のような馬鹿とは脳の構造が違うみたいで」

ふっと笑いがこぼれた。

「今この瞬間に限っては最高の褒め言葉だ」

「気分がよくなったのならよかったわ」

「いいか。前にも言ったが、思い込みは捨てろ。自由になれ。思い込むのなら、自分は自由の身であると思い込め」

「それができたらとっくにやっているのよね」

「それはわかる。おれだって、今になって自分が神であるなどというふざけた思い込みはやめろなどと言われても困る」

「だけど、紫藤のその思い込みは自分の可能性を広げるものなんだものね?」

「まあ、それだけのせいではないが、確かにこの思い込みが芽生えてから人生の幅は広がった」

入野あかねはふっと笑った。

なんだか普通の人とはかけ離れすぎていてよくわからない、と苦笑する。

おれは神なのだからそれも当然だと笑い返すと、ぎゃはははと笑い声が返ってきた。

よく笑う女だなと思ったが、泣かれるよりは気が楽だった。